ウーパールーパーのパー君は、顔の左右についているピンク色の突起物をゆらゆらと揺らしながら私を急かしてくる。

「さあ恵子ちゃん、変身するんだ!あのモンスターを倒すために!」
「へ、変身……」
「妖精パワーを自分の身に宿らせる呪文を唱えたら、変身出来るよ!」
「実はちょっとうろ覚えなのよね……」

呪文の存在は覚えていたけど、具体的にどんな呪文だったかをよく思い出せない。まあ小学生のころに適当に考えた呪文だから覚えて無くても仕方ないか。パー君はおっほんと偉そうに咳をついてみてから、私に言った。

「こうやって唱えるんだよ、『ハッピーミラクルフェアリーパワー、へーんしん☆』!さあ、続けて!」
「ダサっ!」

思わず叫んでしまうほどその呪文はダサかった。フェアリーケイちゃんの時点で分かっていた事だけど、昔の私には悉くセンスというものが欠けている。いや、今もだけど。本当、途中で目を覚ましてよかった。このまま昔の夢のまま漫画家なんかを目指していたら、大惨事になっていた所だよ。
パー君は尻込みする私を急かすように、そのぬいぐるみの身体でぴょんぴょんと跳ねてみせる。

「恵子ちゃん早く!モンスターが町を破壊してしまわないうちに!」
「あの適当モンスターがそこまでの力を持っているように思えないんだけど」
「とんでもない!あれでも恐ろしい強大な力を持っているモンスターなんだよ!」
「今あれでもって言ったよねあんた」
「ほら見て、モンスターが人々を襲い始めてしまうよ!」

慌てたようにパー君が指差す方向を覗いてみれば、あの真っ黒モンスターががおーと何だか力が抜ける声を上げながら両手を振り上げている所だった。それを見た通行人はきゃーわー叫び声を上げながらばらばらに逃げていく。まあ確かに、あんな得体のしれない生き物?が襲ってきたら見た目はああでも怖いものがあるか。それに仮にもモンスターなんだから、いくら適当な生まれだとしてもこのままだとパー君の言う通り、あいつが暴れ回ってしまうかもしれない。
これは……ダサい呪文を唱えるしかないのか。このふざけた世界が妖精少女フェアリーケイちゃんの世界なのだとしたら、それしか道は無い。そうしなきゃ事態は一向に進行しないまま、私はずっと黄色の髪の小学生として生きていかなきゃならなくなるかもしれないのだ。……背に腹は、替えられない。

「し、仕方ないわね……言うわよ」
「頑張れ恵子ちゃん!」
「えーっと……は、ハッピーミラクルパワーへーんしん……?」
「惜しいよ恵子ちゃん、ハッピーミラクルフェアリーパワー、へーんしん☆だよ」
「ああそうだったわね……その星は必要なの……?ま、まあいいか」

さっさと済ませてしまえばこの苦痛の時間はすぐに終わる。それにここで私の恥ずかしい台詞を聞いているのはぬいぐるみのパー君だけだ、躊躇い事は無い。私は覚悟を決めて、ついでに右手を空に掲げて、高らかに叫んだ。

「ハッピーミラクルフェアリーパワー、へーんしん☆」

途端に私は光の渦に巻き込まれた。光の中に放り出されたというより、動き回る光にまとわりつかれているような変な心地。私の身体が空中に浮かび、くるくると回っている。しかも回る目を何とか凝らして己の身体を見下ろしてみれば、来ていたごく普通の普段着が光に包まれて次々と色や形を変えているではないか。こ、これはまさか……魔法少女ものによくある、変身シーンという奴か!しかし残念ながら変身している当事者である私にはその様子がよく見えない。いやよく考えたらまったく残念じゃないな、自分の変身シーンだなんて。むしろ見たくないし。
時間的にはそんなに掛かっていないはずだが、私にはその変身時間がとても長いもののように感じられた。まあ私はただされるがままにくるくる回っているだけだしね。しばらく私を包んでいた光は、唐突にぱちんとはじけた。
自分の足が地面につくのを感じた私は、とっさにポーズを決めていた。昔自分の部屋で誰にも見られないようにこっそり考えていたオリジナルの可愛い(と自分では思っていた)ポーズだ。

「可憐な汚れ無き妖精の化身、妖精少女フェアリーケイちゃん、参上っ!」

おまけに余計な台詞を己の口が無意識に吐き出す。変身の終わりには必ずこのポーズと台詞がセットになっているのだろう、多分。本当、見ているのがパー君だけで良かったわ……。

「やったね恵子ちゃん、いやフェアリーケイちゃん!変身は成功したよ!」
「ちょ、ちょっと待って、とっさに変身とかしちゃったけど、私今どんな格好しているの?」

ぽふぽふと拍手してくれるパー君には悪いけど今の私には喜んでいる余裕が無かった。変身が終わったと自覚した途端、自分の今の姿が不安になって来たのだ。だって今の姿、昔の私が考えた衣装ってことでしょ?私に足りないセンスはネーミングセンスだけではない事を、何より私が一番よく知っている。デザインセンスなんて持ち合わせた事は生まれてこの方一度も無かったはずだ……一体今の私は、どんな姿をしているのだろうか。もう昔の事なので、自分がどんなものを描いていたのはすっかり忘れてしまっている。
私がそわそわしていると、仕方が無いとばかりにパー君がどこからともなく姿見を取り出した。そんな大きいもの、どこから出したんだ。

「さあこれを見て、これがフェアリーケイちゃんの姿だよ」
「あ、ありがとうパー君。どれどれ……うわっ」

私は思わず声を上げていた。想像以上のものがそこにあった。当時の私は水玉が最高に可愛いと思っていたようで、オレンジと黄色の水玉模様が全身にこれでもかとちりばめられている。思い出した、私こういう暖色系の色好きだったんだわ。水玉はスカートはおろか頭にかぶっていたとんがり帽子みたいなものにまで及んでいる。もう全身がオレンジと黄色まみれ。私の妖精像って一体。
かなり目立つ格好の鏡の中の自分を眺めまわしてみれば、一つだけ妖精っぽい部分を見つけた。背中に透明の丸っこい羽が生えていたのだ。そうだね、妖精には羽がつきものだね。ところでこの羽は少し小さめに可愛らしく生えているのだが……これで飛べるのだろうか。

「さあこれで納得した?今の君は妖精パワー100万倍だからね!あんなモンスターさっさとやっつけちゃおう!」
「はいはい」

もうこうなったらどうにでもなれ、だ。さっさとあのモンスターを倒してこの世界から抜け出してやるんだ。そのためにはもう、何も躊躇わない。妖精少女フェアリーケイちゃんになりきってやる。そうやって吹っ切れるといくらか心も落ち着くし。
そう思っていたら目の前でパー君がまるで水の中にいるかのように宙に浮かび、勢いよく泳いで移動し始めたのでさっそく私の心がくじけそうになる。ここは魔法の言葉、「二次元だから何でもアリ」と何度も頭の中で唱える。うん、二次元なんだから、ウーパールーパーのぬいぐるみが空を飛んだっていいよね。

「あっ、もしかして……私も飛べる?」

はたと思い当たる。そうだ、私には羽が生えているんだから、一応妖精の力を借りている(という設定)なんだから飛べてもおかしくない。少なくともパー君よりも自然な事だ。よし、空を飛ぶなんてもちろん初めての経験だけど、空中に浮かぶ事を想像すればきっと……!
私はここ最近で一番頭を働かせた。自分が空を飛ぶイメージを出来る限り具体的に頭に思い浮かべる。結果、私の足は見事宙に浮いた。身体が軽い。今まで感じた事もないふわふわとした感覚に、私は思わず笑顔で背中を振り向いた。

そこには、秒間何百回といくであろう勢いで忙しなくブーンと羽ばたき私を宙に浮かべている、透明な丸い小さな羽があった。

「これ虫だー!虫の飛び方だー!」

私は驚愕し、そして同時に納得していた。そうだよね、こんな小さい羽がこんな大きな身体を支えるためにはこれぐらいのパワーが必要だよね!本当もう昔の私もうちょっと良く考えてデザインしてほしかったわ!

「何してるのフェアリーケイちゃん!早く!」
「ご、ごめんパー君、でもそのフェアリーケイちゃんって呼び方止めて……」

飛べるだけ有難いと思おう。少し間違ったプラス思考だとは思ったが、私はパー君の後をついてモンスターの元へと向かった。そう、ここからが本番だ……モンスターを退けなければ、私が変身した意味は無いのだから。



私が変身なんかしたりしている間にモンスターは結構移動していたようだ。意外と快適な空の移動を少しだけ楽しんでいたら、あの適当な黒い姿を商店街の中に見つけた。あの商店街も懐かしい、よく学校帰りに寄り道してモモちゃんとかと一緒に冷やかしたものだ。今は大分しまっている店が増えたと聞いた。しかし今私の眼下に広がる道には、そんな事を微塵にも感じさせないほどの人の姿が見えた。その誰もが、突然現れたモンスターに驚いて逃げている所だった。モンスターは怯え惑う人間達が大層愉快なのか、どこか気分良さげにがおがお叫んでいた。うるさい。

「がおおー!」
「待ちなさい!」
「がお?!」

私が声を上げればモンスターは律儀に振り返ってくる。ついでに周りにいた人々もなんだなんだと中に浮かぶ私を見上げてくる。これは、予想以上に恥ずかしい……。ええい、ままよ!

「何の罪もない一般市民を襲うだなんて卑怯なモンスターは、このフェアリーケイちゃんが成敗してあげるわ!」
「さすがフェアリーケイちゃん!様になってるよ!」
「パー君ちょっと黙ってて、今は褒められれば褒められるほど恥ずかしいから!」

多分、当時の自分が考え付いた台詞なのだろう、どういう理屈なのか分からないがすらすらと口にする事が出来る。しかし参上とか成敗とか、言い回しが若干古めかしいのは幼い私の語彙の無さのせいなんだろうな。
モンスターは私を敵だと認識したようで、身体ごと向き直ってくる。そこでようやく気がついた。私一体、こいつとどうやって戦えばいいの?

「ね、ねえパー君、私まさかこのまま素手で戦わなきゃいけない訳?」
「まさか!もう分かってるくせにー!フェアリーケイちゃんといえば、あれがあるじゃない」
「あっあれ?そういえばなんか、持たせていたような気が……」

私はかなり薄まった記憶の中から必死に思い出した。パー君にこんな常識的な口調であれなどと言われてしまえば、自力で思い出すしかない。そうそう、魔法少女物にはやっぱり可愛らしい武器がつきものだ。しかもファンタジー的な妖精をモチーフにしているのだから、ステッキ的なものが一つや二つ……。
そうだ、ステッキだ。

「思い出した!確かマジカルステッキとかそんな感じのものがあったわ!」
「惜しいねフェアリーケイちゃん、ミラクルマジカルフェアリーステッキだよ」
「む、無駄に長い!武器の名前ぐらいシンプルにしなさいよ私……。で、そのステッキはどこにあるの?」
「今はどこにもないよ。もちろん、フェアリーケイちゃん自身が妖精の国に封印されているミラクルマジカルフェアリーステッキを妖精パワーでこちらの世界へ具現化させる必要があるのさ」
「あー……つまり自分で出せってことね」

理屈はどうでもいい、方法さえ分かれば。おぼろげな記憶を手繰り寄せ、私は右手を掲げ、ようとして左手を掲げた。ついでに思い出したけど、当時の私は左利きに異様に憧れていて、フェアリーケイちゃんも左利きとして描いていたのだった。現実の私は立派な右利きなので違和感が付きまとうが、仕方が無い。私は叫んだ。

「ミラクルマジカルフェアリーステッキ、来い!」

掲げた左手の上に細長いものが瞬時に出現する。本当に来た!私は感慨深げに現れたそのステッキを眺めた。ちょうど30センチぐらいの黄色のステッキは、先が星型になっているだけのごくシンプルな形状だった。もちろん私のデザインセンスが無いせいだ。才能って残酷だとしみじみ思う。
私がこうして武器を手に取るまでがおがお唸りながらも待っていてくれた心優しいモンスターを睨みつけ、横目にパー君に尋ねる。

「パー君、このステッキを使うときの呪文を私はすっかり忘れているんだけど」
「ええっきっとそんなことないよ!フェアリーケイちゃんの一番の見せ場なんだよ、決め台詞なんだよ、それを忘れるなんて絶対無いよ!」
「そんな事言われても」
「しょうがないなー、よく聞いてね」

パー君が私の耳元まで飛んできて、こっそり教えてくれる。こっそりの意味は分からないが、これで助かった。いきなりこんな必殺技で倒してもいいものか1秒ほど悩んだが、すぐにまあいいかと思い直す。私がこの物語?の展開やモンスターの事なんて思いやる必要ないでしょ。
両手を振り上げて今にも飛び掛りそうにしているモンスターめがけて、私はステッキを突きつけた。そして自分でも良く分からないポーズをとって(客観的に見たら恥ずかしくて死ぬレベル)パー君に教えてもらった呪文を高らかに唱える。
今更だけど、私も大概ノリノリだよね。

「くらえ、フェアリーコズミックパワーラブリースパイラル!」

知っているカッコ良さそうな横文字を適当に並べました感満載な呪文を唱えると同時に、ステッキからは眩い光があふれ出てきた。光は星の形のまま、真っ直ぐモンスターへと飛んでいき、直撃する。モンスターは断末魔の叫び声を上げて光に飲まれていった。

「がおおおおーっ!」
「さようなら名も無きモンスター……鳴き声まで始終適当な存在として生み出してごめんね」

特に何もする事無く消えるしか無かったモンスターが少し不憫である。とにかくこれで町の平和は守られた、はず。光に消えていったモンスターを見送った私は、自分の周りを歓声がつつんでいる事にしばらく気付かなかった。商店街の皆さんだった。

「うおおおーっありがとうフェアリーケイちゃん!ありがとう!」
「危険なモンスターを退治してくれてありがとう!」
「きゃーっフェアリーケイちゃん可愛いー!」
「素敵ー!憧れちゃうー!」

もう歓声まで適当なものに思えてしまう。私は半笑いで歓声にひらひらと手を振ってみせてから、慌ててその場から飛んで逃げた。あんな歓声を浴びせられるのは生まれて初めてだ。出来ればもう受けたくない、少なくともフェアリーケイちゃんでは。

「良くやったねフェアリーケイちゃん、さすが選ばれし特別な妖精の戦士だ!」

横を飛ぶパー君も手放しで褒めてくれる。たとえどんなにふざけた展開でもまあ、褒められる事に悪い気はしない。相変わらず虫のようにプンプン音を鳴らしながら羽を動かしつつ、私は器用に胸をはってみた。小学生の胸はまな板と同然だけどね。成長してもそう大きくは無い事は突っ込んでくれるな。

「まあ、ひたすら心が疲れる展開だったけど、一回こっきりならこういうのも悪くないわね。普通は味わえない貴重な体験だったわ、少しはあの女神にも感謝していいかも。ほんの少しだけ」
「一回こっきり?何言ってるのさフェアリーケイちゃん!」

パー君が驚いた声を上げた。それに私も驚いた顔を向ける。え、まさか、パー君は私にとってとても残酷な事を言うのでは?予想は当たっていた。

「魔界からこの世界へのゲートが開かれてしまったんだから、これからどんどんモンスターは襲ってくるんだよ?ゲートを閉じるには魔界の魔王を封じるしかないし、それまでは妖精の戦士としてモンスターと戦わなきゃ!」

話が違う。いや元から話なんて無かった。私はしばらく絶句した後、駄目元で空へと叫んだ。

「ちょっと、どういう事よ!これその魔王を倒すまでこの世界から出られないって訳じゃないわよね!」
『その通りですよ』
「うわっ答えた?!まさかあんた、さっきの女神?!」

頭の上から神々しい光が降り注ぐと同時に、忘れもしないあの忌々しい涼やかな声が届く。間違いない、今起こっている全ての元凶であるあの自称女神だ。

『これはあなたが生み出した素晴らしい物語の世界、二次元なのです。この物語を完結させるまで、主人公であるあなたはこの世界から抜け出す事なんて出来る訳がないじゃないですか』
「ないじゃないですか、じゃなーい!無理矢理連れてきておいて何よそれ!無責任じゃないの!そもそもこの物語終わりなんてある訳?!」
『さあ、それはあなた次第ですよ、何と言ってもこれは、あなたの物語なのですから。それでは、二次元の世界をたっぷり楽しんで下さいね』
「あ、ちょっと、話はまだ終わってな……!」

私の叫びもむなしく、光は消えて女神の声も聞こえなくなる。パー君に女神の存在は認識できなかったようで、しきりと私の顔を不思議そうにのぞきこんでいた。悪いが今、パー君に構っている暇は無い。私は虫のように飛びながら数秒間放心する。
そうしてしばらくしてふつふつとわき上がってきたこの感情。この思い。そのありったけを詰め込んで、私は声にして吐き出した。ぬいぐるみで耳が無いくせにパー君が耳を押さえる。

「ふっざけるんじゃないわよ馬鹿女神ーっ!」
「わああっ一体いきなりどうしたのさフェアリーケイちゃんー」
「うっさい!フェアリーケイちゃん呼ぶな!今の私は自分でも手がつけられないほど憤ってるんだから、放っておいて!」

私は力任せに飛び始めた。あふれ出る感情のままものすごいスピードで空を駆ける。パー君は健気にも後をついてきてくれているようだが、生憎待ってやろうとは思わない。今の私は、どうにも止められないのだ。ええい、ブンブン自分の羽音がうるさい!
ていうか本当、何なのこれ。どういう事なの。エンディングを迎えないと物語は終われないって?主人公である私が今すぐ終わりたがっているというのに?何よそれ、理不尽じゃないか。そもそも私、このフェアリーケイちゃんがどんなラストを迎えるかなんて、一切覚えてないんだけど!

「わーん、二次元なんてもうこりごりよーっ!」

典型的な「次回へ続く」台詞を吐き出しながら、私は嘆く事しか出来なかった。
フェアリーケイちゃんの物語は、まだまだ始まったばかり……ああ昔の私よ、せめてハッピーエンドを用意してくれていたらいいんだけど。


女神のいたずら
‐妖精少女フェアリーケイちゃん‐ 後編

 

12/03/04



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