正直ハルは、魔法使いの家と言うともっとおどろおどろしいものを想像していた。例えば床のあちこちに怪しげな魔法陣が書いてあったり、何を煮ているのか分からない巨大なツボがあったり、何か分からない生物の標本が飾ってあったり、正体不明の恐ろしい魔物が首輪をつけられて飼われていたり、とにかくそういう訳の分からない薄気味悪いものが家中に溢れかえっているのではないかと思っていたのだが。
実際に入ってみた魔法使いの家は、ハルの想像を粉々に打ち砕いた。いや、奇抜であるという点だけを見れば、まさにハルの想像通りと言っても良いかもしれない。
小さな魔法使いの奇妙に細長い家には、本が溢れかえっていた。棚から溢れた本、床に敷き詰められた本、高い天井に届くぐらいに積み重なった本、薄い本厚い本、小さな本大きな本、本、本、とにかく本。見渡す限り本の海となっていたのだ。
かつてこれほどまでに大量の本を、ハルは見た事が無かった。そしてそれはヘリオと、もちろんカエデにも初めての経験だったようだ。二人とも驚きを通り越して感心した表情で本に埋め尽くされた室内を見渡している。

「ほえーすげーここまでくるとちょっとした図書館だなあ」
「ハル、どうしてこんなに沢山の本がここにはあるんだ」
「それは家の主本人に聞いてくれ」
「わしは読書が趣味でな、読んだ事のない本を手当たり次第集めていったら、こうなった訳じゃ」

本の山に埋もれながら子どもが話してくれた。意外と計画性が無いのかもしれない。どうやら椅子か何かに落ち着いたらしい子どもは、本と本の間からハルたちをじっと見つめてきた。

「どうした、適当な場所に適当に落ち着け」
「いや落ち着けと言われても」
「はーこの家には客人に振舞う椅子が一つも無い訳かあ、やーれやれ」

わざとらしくため息をついてみせるヘリオを、ハルは驚いて振り返った。

「お前今、かつてないほど柄が悪くなかったか」
「今まで黙っていたけど実は俺様、子どもが苦手なんだよね。だって小さい子ってまだ美的センスが分からないじゃん?だから俺様子どもとは分かりあえないっていうか」
「まあ確かにお前ほど子どもから遠ざけたい存在というのはいないだろうが」

とりあえずヘリオはこの子どもの魔法使いが気に入らないらしい。こんな態度では魔法使いが腹を立ててしまうのではないかとはらはらしているハルにはお構いなしに、ヘリオは本の山の中を歩き回る。

「それじゃあちびっ子に言われた通り適当な場所で落ち着かせてもらいましょうかねえ、そうだなーこの本の上にでも」

よっこいしょ、とある本の上に腰かけたヘリオ。次の瞬間、その身体がバチバチっとものすごい音を立てて光り出した。ハルにはそれが稲妻に打たれたように見えた。

「ぎゃあああっ!」
「ひいい!何だどうした何があったヘリオ?!」
「口の利き方に気をつけるのじゃな小僧。わしは姿こそ子どものものだが、中身はお主よりも遥かに歳を取ったじじいじゃ。目上の者は敬わんとのう」
「ハル、魔法だ。本から魔法が現れた」

ビリビリ痺れるヘリオに驚くハルの服をカエデが引っ張る。何でもかんでも魔法のせいにしてきたが、今回はカエデの言い分が正しいようだ。ハルはぎこちない動きで座ったままの子どもに顔を向けた。

「こ、これはお前が……?」
「無論。わしは本を媒体にして魔法を操る。つまり、わしが読破した本が埋め尽くすこの部屋はわしの手の平の上と同じものよ。どの本からでも、魔法を出す事や消す事が出来るのじゃ。この様にな」

子どもが小さな手を空中で閃かせれば、ヘリオの腰かけた本から出ていた魔法はあっという間に消え失せた。解放されたヘリオは頭から煙を立ち上らせながらその場に倒れる。まだ静電気のような光がピリピリとヘリオの中に残っているかのように時たま痙攣していた。
魔法をまともに食らってしまったのだ、さすがにハルも心配になってヘリオに駆け寄った。

「な、何という刺激的な魔法……さすがの俺様もこれには参ったぜ……」
「へっヘリオー!大丈夫か?!やっぱりお前でもあの魔法は駄目だったか……」
「全身に行き渡る電撃の刺激……きっ気持ち良い!子どもだからって油断してたぜ、こんなに俺様を心から痺れさせる攻め方をしてくるとは!」
「……ああ、お前は心配すればするだけ損だな」

ハルは肩を落とした後、ヘリオを助け起こす事無く元の位置に戻った。どうせまたすぐに復活してくるだろう。それよりモタモタして子どもを怒らせてしまう事の方が怖い。何せ辺り一面本に囲まれているのだ、どこから魔法が飛んできてもおかしくは無い状況に、ハルはかなりビビっていた。だから隣で子どもの動きに警戒してくれているカエデが頼もしく感じるが、やっぱり恥ずかしい。
子どもは持っていた分厚い本をめくりながら、縮こまるハルとカエデをじっと見つめてきた。最早ヘリオは眼中にないのだろう。

「まず始めに名を名乗っておこうか。わしの名はハクト。お主らが噂に聞いていた通り魔法使いじゃ」
「あ、ああ、俺はハル、こいつがカエデで、そこの変態がヘリ……何とか、略してヘリオだ。よろしく、ハクト……さん」

敬え、と言っていたのを思い出して一応さん付けをしておく。子どもは顔を覚えるように見渡して、ひとつ頷いてみせた。

「ハムにカエデにヘリオじゃな、覚えたぞ」
「いやちょっと待て」
「それではさっそくその宝珠を手に入れた経緯を話してもらおうかの。良いな、ハム」
「……はい」

もういい、今はただ宝珠の謎を知る事だけに集中しよう。ハルは名前間違いを訂正したい心をぐっと抑えて、事の顛末を子ども魔法使いハクトに語った。森の奥にあると教えられて行った小さな遺跡、その下の隠し部屋で宝珠を見つけた事、そしてカエデと出会った事、ついでにヘリオと遭遇してしまった事。全てを語り終えるまで、ハクトは尋ねる事もせずに手の中の本に目を落としながらハルの話を聞いていた。やはりいつの間にか復活していたヘリオも、ハルとカエデを交互に見ながら聞き入っていた。カエデも口をはさむ事無く、ただハルをじっと見つめていた。
やがてハルが話し終えた後。難しい顔をして黙りこくっていたハクトが、まずこう切り出した。

「……それでは、その娘が宝珠から現れた守護騎士と、そういう事で間違いはないのじゃな」
「ああまあ、本人がそう言っているからな」
「へえーっカエデ様が守護騎士だったんだ、俺様人の守護騎士見たの初めてだな、こんなに美しい姿の守護騎士なんて、ヒメは何て羨ましいんだ!」

大げさに驚いてみせるヘリオに、ハルはうっとおしそうな視線を向けた。そういえばヘリオの家にも代々伝わる宝珠があったと言っていた。それならば守護騎士をかつて見た事があっても不思議ではない。

「お前が見た守護騎士はカエデみたいな女じゃなかったのか」
「女どころか人じゃなかったんだって。やっぱり俺様、ヒメの持ってる宝珠が欲し……」
「カエデ、ヘリオは宝珠を狙う悪党みたいだぞ」
「敵か」
「ぎゃーっ冗談!冗談だからカエデ様!殴るなら快感得られるぐらいに手加減して!」

三人でふざけている間に、ハクトは難しい顔をしてじっとカエデを見つめ続けていた。その表情には驚きも混じっているようだった。今のハルの話は、そんなに驚くような内容だっただろうか。

「えーと、ハクトさん?カエデに何か変な所でもあるか?」
「ハム、お主は宝珠の事について何も知らないのじゃったな。この宝珠がどんな歴史を辿り、どんな能力を持っているのか」
「あ、ああまあ、そうだけど」
「なるほど……無知故の姿か。しかしそれにしても……興味深いのう」

一人で勝手に頷いたり考え込んだりして納得したらしいハクトは、改めて手に持っていた本をめくった。

「それでは無知なる者のために宝珠の事について話して聞かせてしんぜよう」
「さ、さっきから無知無知って、仕方ないだろそんな奇妙な玉の事知らなくたって」
「今まではこの宝珠の力を求める者が多いために、これを手にする者のほとんどは宝珠の意味について知っておった者ばかりじゃったのだ。知らない事の方が珍しいんじゃよ」

抗議の声を上げるハルを、ハクトはふんと一瞥しただけであった。
宝珠の力、とハクトは言った。やはりこの赤い玉には、とてつもない力が眠っているのだ。期待を込めて見つめるハルに、ハクトは少し黙ってから、厳かに告げた。

「宝珠にはな、人の願いを叶える力が眠っておるのじゃ」
「ね、願いを?!」
「左様。さすがに世界をどうこう出来るほどの力は無いじゃろうが、人そのものを変化させる願いは大抵叶えられる。例えば限界まで身体を強くしてくれだの、この身を蝕む病気を治してくれだの、不老不死にしてくれだの、別な種族になりたいだの、まあこんな感じのものは、大体叶えられるじゃろうな」
「す、すごい……とんでもなくすごいじゃねーか!この玉が、そんな力を持っていたなんて……」

驚きの声を上げたのは、しかしハルだけだった。カエデはもちろん無反応であったし、ヘリオまでふーんという無感動な表情でハクトの話を聞いていただけであった。自分だけがこんなに驚いていて少し恥ずかしくなったハルは、八つ当たりのように二人を睨みつける。

「な、何でお前ら驚かないんだよ、願いを叶える玉だぞ?すごいじゃないか!」
「だって俺様それは知ってたし」
「それなら教えとけよ!」
「それに玉を手に入れて今すぐ願いが叶う訳じゃないでしょ?」

な、とヘリオに同意を求められて、ハクトはこくんと頷いた。仕草だけ見ていれば可愛い子どものそれなのだが、その不思議な金色の瞳は明らかに知識を湛えた大人の視線であった。その視線が、真っ直ぐにハルを射抜く。

「宝珠は人の生命のエネルギーを糧とする。これと決めた一人の人間にしばらく宿主として寄り付き、少しずつエネルギーをその内に溜めて、一定を超えた時初めて宿主の願いを叶えるそうじゃ。ちょうどお主の今の状態がそれじゃな」
「俺の、生命のエネルギー?」

ハルはぞっとして手の中の宝珠を見た。急にこの赤色が、何だか禍々しく光っているように感じてしまう。

「そっそれじゃあ俺はいつかエネルギーを吸い取られて干からびちゃうんじゃ?!」
「安心せい、少しずつと言ったじゃろう。お主がエネルギーを吸い取られていると感じる事は無い、その程度の量じゃ」
「な、何だ、良かった……いや、待てよ」

ホッと胸をなでおろしたすぐ、ハルに再び嫌な予感が舞い降りた。口に出して、そして肯定されるのがとても恐ろしかったが、このまま放っておいて良い疑問でもない。ハルは勇気を出して尋ねてみる事にした。

「何でも願いを叶えるぐらいだから、そのエネルギーってものすごい量がいるんじゃないか?」
「まあそうじゃろうな」
「んでもってそんな少しずつ吸い取るのなら、エネルギーが溜まりきるまで結構な時間が掛かるんじゃ……」
「ふむ」

ハルの言葉に、ハクトは本のページをめくりながら少しだけ考え込む。やがて頭の中で結論が出たのか、ゆっくりとハルへと顔を上げて、言った。

「少なくとも数日で溜まるものではないじゃろう」
「ばっ馬鹿なっ!それじゃあ俺はしばらくこの得体のしれない玉と運命を共にするしか無いっていうのかよー!」
「壮絶な嫌がりようじゃな。普通の人間ならば、願いを叶えられるのだからむしろこの宝珠を手に入れる事が出来て幸運だったと思ってもよさそうなものじゃが」

頭を抱えるハルに、ハクトが心底不思議そうに首を傾げた。確かに、願いを叶えるという特別な力を持った宝珠ならば何かしら目的を持って手に入れたいと思う人はそれなりにいるだろう。かくいうハクトも探していたと言っていた。ヘリオだって親戚が持ち逃げしたぐらい宝珠の需要があるという事だろう。それを偶然手に入れる事が出来たのは、確かに幸運と言っても良いのかもしれない。
しかしハルは今、そんな不可思議な力など望んでいなかったのだ。ただ自分のペースで旅をしながら絵を描き続ける事が出来る今の時間があれば、それで良かったのだ。

「あいにく俺には叶えて欲しい願いなんて今は無いもんでね。むしろこの玉を狙うヘリオみたいな変態に付きまとわれる事の方が大きな問題だ」
「ヒメったらそんなに嫌がらないでよー俺様嬉しくなっちゃうじゃん」
「喜ぶなっ!……って事だから、この玉を手放す方法なんて無いのか?」
「なるほど、変わった奴じゃのう。自ら宝珠を手放したいとは」

珍しいものを見るような眼でハルの事を眺めまわしたハクトは、思い悩むように自らの顎を撫で擦る。子どもがそんな大人びた行動を取っていると、見ているだけならどこか微笑ましい光景だった。見ているだけなら、だ。

「そうさなあ、今すぐ手放すのなら、一つだけ方法はある」
「ほっ本当か?!」
「先に命を手放す事じゃ」
「……は?」

一瞬言われた意味が分からなくて、ハルは尋ね返していた。命を手放すとは、つまり、そう言う事?ハルの無言の訴えに、ハクトは無情にも頷いてみせる。

「エネルギーを永続的に貰うために宝珠は守護騎士に宿主を守らせるが、それでも宿主が死んでしまえば宝珠はフリーの状態になる。そこで別な者が拾えば今度はそいつが新しい宿主となるのじゃ。つまり今お主が死ねば宝珠から解放されて自由になれると言う訳じゃな」
「じょっ冗談じゃねえ、宝珠から解放されるために魂まで解放してどうするんだよ!」
「おっヒメ今のちょっと上手いねー」
「お前は黙ってろ!っあーどうすりゃいいんだよっ!」

告げられた残酷な事実にハルは足元に散らばる本の上に突っ伏した。いつ宝珠から離れられるか分からない現実に、あの平和でのんびりとした旅はしばらくお預けなのかと悲しくなってくる。それどころか、この宝珠を手に入れるために、ハルの命を奪おうとする輩まで出てくる可能性もあるのだ。ハルはそんな怒涛のような運命を望んでいなかった。ただ平凡な絵描きとしての人生があれば、それでよかったのに。
がっくりと俯くハルの肩を、その時ぽんぽんと叩く温かい存在があった。俯いたままハルが目線を上にやれば、こちらをじっと見つめる赤い瞳があった。ハルを現在進行形で苦しめる宝珠と同じ色だった。しかしその瞳は、ハルを労わる様な光に満ちている。

「大丈夫だ、ハル。ハルの事は私が守る。宝珠が役目を果たすまで、その時が来るまで私が絶対にハルを守りきってみせる。私は、そのための存在だから」
「カエデ……」
「だからハルは何も心配しなくていい。その時が来るまで宝珠を持っているだけでいい。だから、大丈夫」

カエデの瞳は不思議だ、と改めてハルは思った。宝珠と同じ色のはずなのに、やっぱり同じ色には思えない。だって宝珠をいくら見つめてみたって、こんなに安心するような、しかし妙に恥ずかしい様な、こんな気持ちには一切ならないからだ。こんな思いをするのは、こうやってカエデに真っ直ぐ見つめられる時だけだ。
しばらくぽかんとしていたハルは、ハッと気がついて慌てて目を逸らした。

「お前……やっぱりおかしい奴だな」
「私がおかしい……どんな風におかしい」
「もう何もかもおかしい。とりあえずこの玉から出てきた奴とは絶対に思えないな」

ハルは宝珠を見た。この宝珠の事をハルは心の底から嫌いだと思う。しかしやっぱり、カエデの事をそこまで嫌う事は出来ない。だから少しだけこの宝珠への嫌悪感が薄れてしまう事が、そこはかとなく悔しかった。
そんなハルとカエデのやりとりを、ハクトはとても興味深そうに眺めていた。そうしてしばらく思案すると、何かを決意するように一人よしと頷く。それを見ているのは誰もいなかった。

「どうしてもと言うのなら、確証は無いが別な方法もある事はある」
「……へ?それって、宝珠を手放す方法って事か?」

急に飛び出した可能性に、ハルは驚いてハクトに向き直った。噂の域を出ない話だと念を押してから、ハクトは話し出した。

「この宝珠を作り出した人間の子孫ならば、宝珠の手放し方を知っておるかもしれぬ。何でも宝珠を生み出したのは大昔の高名な魔法使いか、伝説の賢者か、とにかくけた外れの力を持った人間だったようでな。その人物の子孫がまだ現代にも存在していて、宝珠の知識にも長けているという話を聞いた事があるのよ」
「それじゃあ、その子孫を探し出せばもしかしたら……」
「宝珠の手放し方を教えてもらえるかもしれぬな。しかし何度も言うが、確証のない話じゃ」
「それでも……何もしないよりは、マシか」

ハルの新緑の瞳に活力が戻ってきた。目的が見えたと同時に、進むべき道もハルの目の前に広がったようだった。本当に宝珠の手放し方を知っているかもわからないし、その前にその子孫とやらが存在しているかどうかすらも定かではない。それでも、先が何も見えない真っ暗闇の状態よりかは、何倍もマシだった。
目的地さえあれば、旅は続けられるのだ。

「ハクトさん、大体でいいからその子孫がいるって場所、教えてくれ」
「行くのか」
「ああ。元々俺もずっと旅をしていたし、このままでいるよりはそこを目指してみるよ」
「よーし新たな旅路の幕開けだなー!子孫って一体どんな人なんだろうねえ美人だといいんだけどな」
「って、ヘリオも来る気かよ。お前はお前で親戚追いかけてんだろうが」

ハルが呆れた目を向ければ、ヘリオは媚びるようににこーっと笑ってみせた。逆効果であると伝えた方が良いだろうか。

「その親戚が一体どこに行ったのか皆目見当がついてないんだよね。だからヒメ達についていくついでに探そうかなーって。一緒に行けば、少なくとも宝珠の事についても知れるでしょ?」
「知るか、来んな」
「ひどい!ヒメってば冷たい!だがそれが良いっ!」
「ったく、どうしようもない奴だな……」

ため息をつきながらも、しかしヘリオに関してハルは諦めていた。ここでどれだけ追っ払ってもいつの間にか後ろについてきているのだろう。出会ってから今までの短い期間でハルはそれを嫌というほど思い知っていた。
しかしハルにもこれは予想外だった。パタンと本を閉じたハクトまでもが立ちあがり、荷をまとめ始めたのだ。

「それではしばし待て。すぐに旅立ちの準備をすませるからの」
「ああ、分かった……って何でハクトさんまで旅立つ準備始めてるんだよ」
「わしは元々宝珠に関して調べていた。そこにこんな貴重なサンプルが来たのじゃから、観察しない手はないじゃろ」

ハクトは振り向きざま、にやりと笑ってみせた。ここに来て初めて見るハクトの笑顔だった。その表情は子どもが浮かべるふにふにの柔らかい笑みではなく、ずる賢い大人の笑みそのものであった。ハルの背筋がぞぞっと冷たくなる。

「なあに、わしの事は気にせずにお主らは普段通りに過ごしていれば良いのじゃ。その方が観察のし甲斐があるからのう」
「普段通りって、見られている状態でそんなの出来るかっ!」
「それに宝珠について分からない事があれば、わしの知る範囲で教えてやれるが?」
「むっ……それは確かに、助かるか」

姿は子どもだが、宝珠に関してとても詳しい魔法使いである事は確かだ。ちょっとだけ迷ってから、ハルはハクトに頭を下げていた。

「それじゃあ、よろしくお願いします」
「こちらこそ、じゃ」
「えーっヒメ俺様の時はあれだけ渋ったのに何でこのチビには友好的なの?!」
「お前が変態だから、以上」
「うわーんいじめだヒメのいじめだ嬉しいけど!ヒメがチビに友好的なのはきっとロリコンだからなんだー!」
「カエデ、やれ」
「分かった」
「あっごめんなさい言いすぎましたマジでカエデ様のお仕置きはシャレにならな……ぎゃあーっ!」

狭い部屋の中で本を巻き上げながら大暴れするこれからの旅の仲間たちに、ハクトはふっと息を吐くように笑った。その笑みはさっきのものよりも、幾分かその子どもの顔に似合う柔らかいものだった。

「はてさて……この宝珠は、どのような運命を辿るのかのう」

待ちうける運命の色は光か闇か、はたまた別色に染まるのか。

導かれるように様々な色が集まったハルの旅は、こうして幕を開けた。

11/02/14



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