「あ、いやがった!」

とある建物に入り辺りを見回したハルはそう声を上げた。そしてどこかへ向かって駆けだす、前にくるりとカエデ達を振り返る。

「悪い、ちょっと行ってくるから待っててくれ。すぐ戻る」

カエデはものすごく後を追いたそうな顔をしていたが、待っていろと言われたので仕方無くその場に立ったままだった。その横に並びながら、ヘリオが物珍しそうにきょろきょろと首を巡らせる。

「何か妙に賑わってるなあ。ここ何?」
「ギルドじゃ。お主ギルドも知らんで旅をしておったのか」
「悪いねー俺様高貴な美男子だからこういう庶民的な組織は知らなかったの」

じろりとハクトに見上げられても、ヘリオは澄ました顔をするだけであった。

森の中で強大な魔物を倒した後、一度休憩を挟んだだけでハル達はこの町に辿り着いていた。ハルが持っていたこの周辺の地図に、ギリギリ載っていた森の中の少し大きな町だった。この町に入った早々、ハルは一同を連れてこの建物を真っ直ぐ目指し、中へと入った所だった。
森の中の町なだけあって建っている建物はそのほとんどが木製であったが、この建物も例外ではなかった。ただその広さだけが回りと違っていた。その辺の繁盛している食べ物屋よりも一回りも大きいこの建物の中には、昼間だというのに結構な人数の老若男女が詰めかけている。談笑する人々を眺めながら、カエデは首を傾げた。

「ギルドとは、何だ?」
「旅人たちの集会場のような場所じゃ。主要の町には大抵このギルドが建っておる。大半の旅人は町に訪れる度にこのギルドへ立ち寄り、情報交換等をして交流を深めるのじゃ。旅をするには、そのための情報は必要不可欠じゃからのう」
「へえーなるほどねえ。通りでどこか小汚い……おおっと、一般人とは何か違う雰囲気を纏ってらっしゃる人たちばかりが集まってる訳だ」

うっかり口を滑らせかけるヘリオの言葉をハルが聞いていればどつき倒されていたに違いないが、生憎ハルはそれを聞いていなかった。知り合いの旅人たちの元へ駆けより話しかけていたからだ。

「おい!お前ら!」
「あらハルじゃない、久しぶりー」
「よお、調子はどーよ」
「すこぶる良くない!とりあえず俺にこの間小さい遺跡までの手描きの地図を書いてよこしたのは誰だった?!オーキッドか、あらしか、花梨か?!」
「ああ、それ僕だよ」
「お前か―!」

どうやら、今の現状の全ての原因であるあの古びた遺跡、への地図を書いた犯人を捜し当てたかったらしい。今更八つ当たりをしてもどうにもならない事はハルにも分かっていたが、どうしても行き場の無いこの衝動を抑えておく事は出来なかったのだった。
しばらくハルはあーだこーだと言ったり言い返されたりしながらも何かと会話していた。その後ろ姿から、カエデはほとんど目を離す事は無かった。少しでもハルに何かあれば、すぐに駆けつけられるようにだ。それを見たヘリオが、心底羨ましそうなため息を吐き出す。

「いいねえここまで思って貰えるなんて、本当にヒメが羨ましいよ。ああ、こんなに純情な守護騎士が手に入るなら、家宝の宝珠を持ち去られる前に早々に俺様のものにしておけばよかった」
「お主のふしだらな心ではカエデのような守護騎士は手に入らなかったろうがな」
「何だとこのチビ!確かにこの一点の曇りもない美貌と違って俺様の心には煩悩が詰まっていたりするけども!」
「自覚はあったのか、驚きじゃな」

ヘリオを蔑むように見つめた後、ハクトは少しだけ黙った。何かを考えるような沈黙であった。

「……むしろ、カエデのような守護騎士はハムでなければ無理だったろうな」
「んー?この間話してた守護騎士の姿は宝珠の持ち主によって変わるって奴?」
「お主起きておったのか……」
「まあねー。それにしても、そうか俺様が宝珠を持つとまた姿が変わるのか……もっともっと美人さんが出てきたりしちゃったりなんかしてー!」

一人盛り上がるヘリオだったが、その陰でハクトは、ぽつりと呟いた。

「別な意味でも、ハムでなければ無理だと思うのじゃがな」
「へ?それってどういう……」
「悪い悪い、お待たせ」
「お帰りハル」

そこへ丁度戻ってきたハルを、カエデが真っ先に出迎えた。色々と話して来た様子のハルの手には、ひとつの紙が握られていた。それに一番最初に目をつけたヘリオが興味津々の瞳で尋ねる。

「ヒメ、それ何?あの高貴な身分とは程遠そうな旅人さんたちから貰ったの?」
「お前それ本人たちが聞いてたらぶっ飛ばされるぞ……。これはまあ確かに、あいつらから貰って来たものだけどな」

ひらひらと紙を振ってみせたハルは、広げて皆に見せた。ちゃんとハクトまで覗きこめるように少し低めに、だ。そうして全員で見つめた紙の上に書いてあったものとは……ふにゃふにゃと線がいくつも書かれた、手描きの何かであった。
一同を代表して、ハクトが尋ねた。

「これは何じゃ」
「実はさ、俺が宝珠を手にするきっかけになった遺跡への手描きの地図を書いた奴にどうしても一言文句を言っておきたくてな。さっき言ってきたら、お詫びのしるしにこれを貰ったんだ」
「ふむ。しかし一見するとこれもまた手描きの地図のように思えるのじゃが」

ハクトの疑問に、ハルは無言で答えた。つい、と視線を逸らしたハルに、にやにや笑顔のヘリオがあーあと声を上げる。

「ヒメって交渉下手っていうか、人が良いねえ。手描き地図の詫びにまた手描き地図貰ってどーすんの」
「う、うるさい!んな事は分かってんだよ!今回こそは何も無い良い絵が描けそうな場所だからって貰ったんだ!」
「それを人が良いって言うんだよ。ヒメってば可愛いねーあだだだ」

あからさまに馬鹿にしたように笑うヘリオの足を思いっきりふんづけながら、改めてハルは貰った手描きの地図を眺めた。
以前貰ったものと同じように大雑把な地図は、これから向かうべき東への道を少し左に逸れた方角へ線が引いてあった。少し寄り道にはなるが、そこまで致命的に離れた場所でもなさそうだ。何よりハルには金欠的な意味で後が無い。ここで一発何とか売れそうな絵を描かなければ、カエデに飯も食わせてやれなさそうな生活になってしまう。
とここで、自分がカエデ中心にものを考えている事に気付いたハルは慌てて首を振った。そもそもカエデは飯を食わなくても生きていける身体なのだ、まずは自分の行く末を心配しなければならないはずだ。自分で金持ってそうなハクトとどうでもいいヘリオはとりあえず横に置いておく。

「よし、さっそく地図を頼りに出発するぞ。ああその前に画材をちょっと見ていくか、行って何か不足してたら泣くに泣けないからな」
「えー、宝珠の謎をつき止めるために先を急がなくてもいいの?ヒメが一番切羽詰まってると思うんだけど」
「その俺が行くって言ってるんだから良いだろ。そもそもお前らは俺についてきている立場なんだから、文句言うな!」
「きゃーヒメの横暴ー独裁者ー」

ヘリオがわざとらしくなよなよし出すのを無視して首を巡らせば、カエデがまだじっと地図を覗き込んでいた。もしかしたら地図の意味が分かっていないのかもしれない。カエデの注意を逸らすため、ハルはカエデに話しかけた。

「カエデ、行くぞ」
「どこへ?」
「この地図に書かれている場所だ。どんな所かは、まあ……ついてからのお楽しみだ」
「分かった」

こくりと頷くカエデを連れてハルはギルドを出た。ハクトはいつの間にかどこからか本を取り出して読みふけっていたが、前を向かないまま確かな足取りでついてくる。これも魔法の力なのだろうか。ついてきてもついてこなくてもどっちでもいいヘリオは、残念ながら一番最初に外へと飛び出していた。

「それじゃ、ヒメ御一行出発ー!」
「お前が仕切るな!ただひたすらむかつく!」
「ひどい!気持ちいい!」
「画材の補充じゃったな、行こう」

町の通りでわいわい騒ぐ姿が町の人々に注目されている事をハルが自覚するのは、もう少し後の事であった。




森の中の道でも多くの人が行き交うためによく踏み固められていた今までの本筋とは違い、今進んでいる道は本当に獣道と呼ぶにふさわしいごつごつとした歩きにくい細道であった。おまけに進むにつれてどんどんと空へ向かっていく坂道になっているので、進みにくいことこの上ない。旅慣れているハルでさえも、少しきつい道だった。

「はあ、さすがに、この道は疲れるな」
「ハル大丈夫?歩けなくなったら、いつでも言って」
「なのにお前は平然としてるんだな……」

先頭を進んでくれているカエデはいつものけろっとした表情でちらちらとハルを振り返ってくる。こいつには体力という概念が存在しないのだろうかとハルは思った。宝珠から無限の力でも貰っているのか、足が長いためにハルほど疲れないのか。どちらにしても羨ましい事だ。

「……いつでも言ってって、もし俺が歩けなくなったって言ったらどうするつもりだ?」
「私がハルを背負う」
「絶っっ対言わねえ!例え本当に歩けなくなっても言わねえ!」
「何故?私は大丈夫だから」
「俺が大丈夫じゃない!」

どうやら本気でハルの事を背負う気満々だった様子のカエデに、勘弁してくれとハルは思わず肩を落とした。もしカエデに疲れたからとただそれだけのために背負われる事になったとしたら、ハルの自尊心的な何かが粉々に崩れ落ちてしまうだろう。もしかしたらカエデに背負われる事は別に恥ずかしい事ではないと思う人もいるかもしれないが、少なくともハルは女の子に背負われるという事は何よりも恥ずかしいものだと思っていた。

「カエデ様ーヒメが嫌がってるから代わりに俺様背負ってーもう限界ー」

しかしそういう自尊心を持ち合わせていない人物が、ここに一人いたようだ。おそらくこういうきつい道をあまり歩いた事がないのだろう、ヘリオは確かにくたくたに疲れている様子だった。しかしカエデが何か言う前にハルがその頭をどつく。

「駄目だ!自分で歩け!」
「ええっひどい!カエデ様の背中は俺のものだから手を触れるな!って事?!」
「ちっ違うわ!お前には男としてのプライドがないのか!」
「俺様、美人に背負われれて傷つくような柔なプライドは持ち合わせてないから」

平然と言い切るヘリオのそのプライドが良い事なのか悪い事なのか分からないが、とりあえずカエデに背負われているヘリオという絵を見たくは無い。ハルはお断りの言葉を必死に考えた。

「あー、そうだな……今のその苦しみを与えられた責め苦だとでも思っとけよ」
「ん?おおなるほどねえ、これは天の美しい女神様から同じく美しい俺様へと与えられたご褒美もとい苦しみ、と……そう思うと何だか、燃え上がってきたねえ!」
「お前の人生、便利だな……」

一人勝手に盛り上がってきたヘリオに、きっかけを与えておきながらハルは遠い目でそれを見つめた。決してああはなりたくないが、その単純思考が少しだけ羨ましい。
そこでハルはハクトの存在を思い出していた。この道を登り始めてからヘリオは何だかんだと文句を言いカエデは何だかんだと心配の言葉をかけてくれているが、ハクトは一言も言葉を発していない。あの小さい身体にこの道はさぞかし辛いだろう、もしかしたら疲れ過ぎて言葉を発する事も出来なくなってしまったのかもしれない。ハルは今更気付いた自分に怒りを覚えた。
ハクトならカエデに背負ってもらってもいいなと思いながら、ハルはひょいと一番後ろを眺めた。そこには、分厚い本を読みながらひょいひょいと軽い足取りで荒れた道を歩いているハクトの姿があった。汗一つかいていない。

「……む、どうしたハム」
「いや……俺、もうちょっと頑張ろうと思って……」

何だかものすごく自分が情けなく思えてきたハルは、大人しく前を向いて歩きだした。女子供がこんなに元気なのに、自分がくたびれているこの現状が悲しくなってくる。だがしかし、疲れたー死ぬ―と公然に喚き散らしているもっと情けない男がいるので、まだ頑張れる気がした。ハルは前を見据えた。

「地図によると、もうすぐで目的地のはずだ。頑張れ、俺」
「そうだ、頑張れハル」
「頑張れ俺様ー」
「うむ、頑張れ若者」

空を見上げれば、そこにもう太陽は見えない。沈みかけているのだろう。急がなければ。
目的地は、もうすぐだ。

第三話 黄昏の空

11/05/08



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