自分の頭の色は言わずもがなであるが、目の前の少女の髪色もなかなか珍しい色だとハルは思わず感心していた。白髪ならまだしも、こんなに美しい銀色は初めて目にするかも知れない。こちらを笑顔で見つめてくる少女をしばらくぼーっと眺めていたハルは、動かないハルを不思議に思ってつんつんしてきたカエデによってようやくハッと気がつく事が出来た。

「あ、ああ悪い、君の髪色が珍しかったもんで、つい見とれてた」
「あら、髪色の珍しさならあなたには負けると思いますわ」
「反論出来ないな……」

忌々しそうに自分の頭を一度大きく掻いたハルは、気を取り直して少女を見た。少女はどこか楽しそうにハルを見つめてきている。

「それで、君は何の用で?まさかお客様って訳じゃないよな」
「何故わたくしがお客様だと思えないの?」
「正直、若い女の子は絵を買っていく事が少ないんだよ」

正直な事をハルが言えば、少女はまあっと眉を吊り上げ、腰に手を当てた。ハルの言葉に納得がいかないらしい。歳はおそらくハルより下であろう、そんな少女が怒ったような表情をしても、元来子ども好きの方であるハルにとっては微笑ましいものでしかない。

「心外ですわ、今まさにわたくしはあなたの絵を見てここに立ったというのに!」
「俺の絵を?」
「ええ、確かにあなたのその奇抜で物珍しい髪色にまず興味を持った事を否定はしませんけれども」
「うん、ハルの髪は綺麗だから、興味を持つのは仕方が無い」
「カエデ、今のは褒められているんじゃない、けなされてるんだ」

隣で頷くカエデは本気でハルの髪色を綺麗だと思っているらしい、勘弁してくれとハルは思う。綺麗だと思われるのは嫌ではないが、それ以上に少女が言うように奇抜で物珍しい桜色だと自覚しているので、褒められると逆に恥ずかしいだけなのだ。

「でも本当に綺麗な夕焼けですわ、この近くで描かれたの?」

ハルがカエデとやりとりしている間に、少女はいつの間にかハルの絵を眺めていた。昨日、あの夕陽を直接見ながら描いた力作、の一つだ。もうひとつは有難い事にすでに売れていたので、あの時本気で描いた絵はこれが最後であった。

「近くの丘で、昨日な」
「それではこれは描きたての絵なのですわね。確かに昨日の夕陽は美しかったですわ」

思い出すようにうっとりと少女が目を細める。絵を描いたあの丘とこの町はそこまで離れていないので、きっと同じ夕陽を見たのだろう。あれだけ晴れた中での夕陽であれば、きっとどこから見てもなかなか美しかったに違いない。

「君もあの夕陽を見たのか」
「ええ、連れの背中から……あっいえ、連れと一緒に見ましたの、ちょうどこの町に向かう途中でしたわ。本当に美しいと思っていたから、この絵に出会えて運命だと感じましたのよ」
「なるほどな」

少女の青い目はお世辞を言っているようには見えなかった。絵に感動してくれているのは確かだろう。しかしこんな少女では、お金の方はあまり期待は出来ないなと内心ハルは落胆していた。ハルとて自分の絵を気に入ってくれている人にやはり買っては貰いたい。しかしお金は出来る限り多めに貰いたいというのも本音なのだ。
成り行きを微妙な面持ちでハルが見守っていると、少女が決意した表情でこちらを見てきた。

「わたくし、決めましたわ、この絵を買わせて頂きます!」
「おおそうか、まいど」
「それで、代金はいくらになりますの?」
「あー、どうするかなー」

少女に妥当な値段とはどれぐらいにすれば良いのだろうか。あまり高めに言ってもいやらしいし、低く言い過ぎても自分が損をするだけだ。悩むハルを見て、少女は懐に手を伸ばした。

「どんな値段でもお構いなく。わたくし持ち合わせはこの通り、存分にありますから」
「へえー子どもなのにすごいんだな……って本当にすげえええ!」

びらりと少女が取り出してみせたのは、ハルが今持っている全財産よりももっと多くの札束であった。もしかしたらハルが初めて見る規模の大金かもしれない。思わず大声を上げてしまったのも仕方が無いだろう。お金の価値があまり分からないカエデはキョトンと少女の手元を見つめるだけであった。

「この紙とハルの絵が交換されるのか……」
「あら、あなたお札を見た事がないの?そんなに極貧生活を送っていらしたのかしら?」
「いやこいつはちょっと特殊でな……」

こんな札束、見れる機会なんてめったにない。ちらちらと少女の手元に目をやりながら、ハルはカエデの肩を諭すように軽く叩いた。

「カエデ、いくら小さくてペラペラでもお金はお金だ、しかも小銭とは比べ物にならないお札だ。元々お金を得るために描いた絵なんだから、売られていくのが当然なんだよ、分かるな」
「うん……」

頷くカエデは、しかしやはり名残惜しそうだ。そんなに絵を気に入ってくれている事がくすぐったく思うが、このまま元気が無いままでも困る。ハルは少し考えて、カエデが元気になりそうな事を言う事にした。

「そうだ、一通り絵が売れたら、何か食い物買ってやるよ。そういやさっきそこにアイス屋があったな」
「アイス……!」
「……お前結構現金だな」

途端に瞳を輝かせるカエデに呆れると同時にホッとするハル。かくして、絵は無事納得のいく値段で少女に売る事が出来た。絵を両手で持って掲げて満足そうな少女に、不思議に思ったハルが問いかけてみる。

「ところでお前、よくそんな大金持っていたな」
「わたくしを見くびらないで下さる?これでも高貴な身分なんですのよ」
「へえー……」

偉そうに胸を張る少女の姿に、自称貴公子の金髪の一文無しが頭の中を通り過ぎて行ったが、あのお金を見る限り少女は本当に高貴な身分なのだろう。あんなにお金を持って出歩いているとあっという間に人攫いに攫われてしまわないかと逆に心配になってきた。

「それにしても本当に美しい景色……ねえ、記念にあなたの名前を教えて下さる?」

こちらが心配しているとも知らない少女が無邪気に名を尋ねてきた。特に問題もないので答える。

「俺はハル、こいつがカエデだ」
「ハル様とカエデさんですわね。わたくしソディと申します」
「ソディな、よろしく」

どこかで聞いた事があるような名前だなと思いながらハルは軽く片手を上げる。少女、ソディはどことなく青い瞳を輝かせながら、何かを含んだ表情でハルを見ていた。その瞳を見てハルはまたしてもあの変態ヘリオを思い出す。なるほど、瞳の色が良く似ている。

「ハル様、ちょっとよろしいかしら?」
「何だ?」
「この絵の他にも、ハル様が売っているものがあるのかと思いまして。見た所ハル様は旅人でいらっしゃるのですよね?ならば、その辺にない珍しいものを持っていらっしゃるのでは」
「いや俺この通り絵描きだから、そういう珍しいもんはあんまり持ってないな。他の旅人がやってる店にならあるんじゃないか?」

ハルが手を伸ばして示した先には、ハルと同じように適当な場所で様々なものを売る人々がいた。この通りをぶらついていればそこそこ珍しいものを見つける事が出来るだろう。しかしソディは他の店には目もくれずに、ハルだけを見ていた。

「いえ、わたくしが探しているものはそんな単純に見つかるようなものではありませんわ」
「探しものがあるのか?それならなおさら俺の所には無いと思うぞ」
「本当にそうかしら。わたくしが探しているものは、ちょうどこのぐらいの……」

ソディは笑顔で両手を持ち上げた。その掌が作る大きさは、ハルにとってとても見覚えのある大きさで。

「まあるい、玉のようなものなのですが」
「……ふーん」

適当に返事をしながらハルは反射的に腰に手を伸ばしていた。そこにはソディが今ちょうど言ったような大きさの、丸い玉が袋の中に収まっている。そっと、見えない所で汗が吹き出す。何故だろう、目の前にいるのはただの可愛らしい少女のはずなのに、嫌な予感が沸き上がって止まらない。
ソディは目を逸らすハルを見てにっこり笑った。表面だけで笑っているような、底が見えない笑顔だった。

「ねえ、ハル様、ご存じない?」
「さあな……そんな玉っころ、その辺にでも落ちてるんじゃないのか?」
「うふふ、ただの玉じゃないんですのよ。とっても不思議な玉なんです」

ソディの目が細められる。このまましらばっくれるか、それとも一か八か逃げ出すか。相手の目的が分からない今真実を話すのは危険ではあるが、こうなったら話してしまうか。どうするかハルが必死に考えている間、ソディは一歩、笑顔のままこちらに踏みだしてきて、

「ハル様、本当にご存じないので……」

言いかけて、止まった。怪訝な顔でハルがソディを見ると、ソディの方はこちらを見てはいなかった。顔を横に向けて、通りの向こうを見ているようだった。その表情には、若干の焦りが浮かんでいた。

「不味いですわ、今見つかるとまた怒られてしまいますわ……」
「へっ?」
「ハル様、わたくし急用が出来てしまったのでここでお暇させて頂きますわ。もう少しお話したい事があったのですがこれはまた次の機会と言う事で。絵は大事に実家に持って帰って飾らせて頂こうと思いますわ、それでは!」

一瞬のうちに身を引いて優雅にお辞儀をしてみせたソディは、あっという間にハル達の目の前から駆け去ってしまった。気を詰めていた分肩すかしをくらったハルはぽかんと呆けてしまう。嫌な空気を感じとって身構えていたカエデも、同じようにソディの行く末を視線で追いかける事ぐらいしか出来なかった。

「な、何だったんだあいつ……」
「ハル。ソディは宝珠の事を言っていたのか?」
「多分な……。何であいつ俺が宝珠を持ってるって知ってたんだ、あんな女の子が宝珠を欲しがる理由も分からねえし。そもそも、一体何であんな突然逃げ出したんだ?」

ソディから放たれるプレッシャーが無くなったために大きく息を吐き出しながら、ハルは首を巡らせる。視線を向けたのは、ソディが最後に見ていた方角だった。ちょうどソディが逃げた反対方向である。何かを見つけて、その何かから逃げなければならないという様子だったが。
そこでハルは、何者かとバチッと音を立てて目が合ってしまった。人通りの多いメインストリート、その中でこんなにピンポイントで目が合ってしまう事など、知り合いでもない限りほとんどないはずだ。しかしハルはその理由を、一瞬のうちに理解していた。

「金色の、目……」

頭の中に無愛想なじじ臭い子どもの姿が浮かび上がる。しかし今見つめ合っているのは、ハクトではなかった。もっともっと背が高い大人の瞳だった。
ハルはその人物を、とてもかっこいいどこかすかした男だと思った。背はおそらくカエデと同じかそれよりも高く、短い深緑の髪はまるで昼でも薄暗いほどの深い森を思わせた。そして金色の鋭い目は、もし本気を出されたら睨み殺されてしまうのではないかとすら思う、力強い眼光を放っている。その目が、ハルを真っ直ぐ見つめていた。

「こ、怖え!」
「あの人、ハルの事ずっと見てる」
「な、何でだ?俺何かしたか?ただここで絵を売ってただけなのに……まっまさかこの町を仕切っている裏社会の人か?ショバ代払え的な因縁を付けにきたのか?!」
「うらしゃかい?しょばだい?」

カエデが首を傾げている間に、相手は大股でハル達の元へ近寄ってくる。悲鳴を上げて今度こそこの場から逃げ出そうとしたハルだったが、先に声を掛けられてしまった。

「ちょっと、いいか」
「ははははははいっ?!」
「私の名はマツバという。今、ここに銀色の髪の女がいたはずだが」

想像したよりも少しだけ高めの声が、丁寧に話しかけてきた。てっきりいきなり怒鳴られでもするのでないかと思っていたハルは、それで恐怖がいくらか和らいだ。心臓に手を当てて心を落ち着けてから、マツバに向き直る。

「あ、ああ、ソディって子が確かにいたけど」
「そうだ、そのソディだ。そいつは私の連れでな、今ちょうど探していた所なんだが、どこに行ったか知らないか」

ハルは思わずカエデと顔を見合わせていた。どうやら、直接ハルに用事がある訳ではないらしい。これで完全に落ち着きを取り戻す事が出来たハルが、ソディが逃げた方向へと手を挙げる。

「あっちに行った事しか知らないな。どこに行くとかは聞いていない」
「そうか……いや、助かった、ありがとう。さっきちらっと見た時何か見慣れないものを持っていたようだが、ソディはまさか君の絵を買ったのか?」

マツバが足元に並べられた小さな絵達を見下ろす。他の大き目の絵は全て売れた後であった。ハルは頷いた。

「随分大金出して買ってくれたぜ」
「ああ、やはりか。ソディの奴、あまり金を使いすぎるなと言っているのに、仕方のない奴だ……」

ため息を吐いたマツバは、最後にもう一度、ハルの絵を見た。

「君が描いたのか」
「ああ、まあ」
「良い絵だ」

金色の目を細め、微かに笑って見せたマツバは、軽く手を挙げ挨拶してから、ソディが消えた方へと歩みを進めていった。それを見送った後、ハルは自分の頬をペチンと一回叩く。まさか男の笑みに見惚れたなどとは口が裂けても言えない。

「ずるいよなあ、男から見てもあれだけカッコいい野郎がいるなんて、世の中不公平だよなあ……」
「ハルはカッコよくないの?」
「自分で自分をかっこいいって言えるほど俺はナルシストじゃねえよ、ヘリオじゃあるまいし」

肩をすくめたハルは、先刻から続いたごたごたを思い出し、大きなため息をついた。
結局それが、今日の最後の買い物客であった。

11/08/29



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