このあたりの道が全て通っているという、まさに巨大な交差点であるロスロドの町。そこから伸びる一本の道、おおよそ東へ向かう道に、四人の人影があった。行く先は反対側の木々が生い茂る森とは正反対の、茶色の地面がむき出しになった渓谷となっている。このまま進んでいけば左右の片側がそそり立つ山肌、もう片側が底も見えないほどの深い谷となるだろう。まだ辺りが平らである町の周辺も、道を進めば進むほど細く、荒くなっていく。そんな道を歩きながら一人、器用に驚愕してみせた人物がいた。四人の中で一番身長が小さい、白くふわふわした頭の見た目子どもだった。

「いいやまさか、信じられんな……確かにそのソディとやらは、コロコロと姿を変える武器の事を守護騎士と言ったのか?」
「ああ、確かに言ってたぜ。なあ、幼馴染ならヘリオも知ってるんだろ?」
「いやあ俺様とソディちゃんが最後に会ったのは結構昔で、その頃はソディちゃんも宝珠の持ち主じゃなかったんだよね」
「何だ、使えねえな」
「ちょっとヒメひどくない?!俺様ごく普通にコメントしたのにその言い草はひどくない?!ひどすぎて気持ち良くない?!」
「知るかよ!」

ハルとヘリオが漫才をしている横で、ハクトが厳しい表情で黙りこむ。ちなみにカエデはハルにお詫びの印としてロスロドの町で買い与えられたカップ入りアイスをちまちま食べて、一人幸せ気分だった。
ハクトがあまりにも真剣な表情だったので、心配になったハルが話しかけた。

「ハクトさん、そんなにソディの守護騎士はやばいのか?」
「やばいと言うより……ただただ信じられんのう。いいや、確かに理論的には可能じゃが、いささか人間離れした芸当じゃ」
「そ、そんなに?」

人間離れと聞いて身震いするハル。確かにソディは恐ろしい少女であったが、そこまで言われるような人間だっただろうか。ハクトは心を落ち着けるためか、愛用の本をおもむろに広げ、話し続ける。

「守護騎士は、宿主のイメージによって姿を変える、これは話したな。この法則のまま考えれば確かに、守護騎士の姿を次から次へと別なものへ変化させる事は出来るじゃろう。じゃが、まともな人間には真似できないじゃろうな」
「何でだ?イメージを変えるだけなんだろ?」
「ハム、カエデを見てみるがいい」

ハクトに言われて、ハルはカエデを見た。残り少なくなったアイスを、大事に大事に小さく口に入れ続けている。そんなに未練がましそうに食べなくてもまた買ってやるのになあと思っていると、ハクトの言葉が飛んできた。

「今のカエデの姿は、お主が一番初めにイメージした姿、そうじゃな?」
「あ……ああ、まあ、そうなるよな」
「それではハムよ、今からカエデを別な姿に変化させてみるのじゃ。何でもいい、今の姿からはかけ離れた、それこそ動物や無機物でも良い。イメージしてみるのじゃ」
「え、ええっ?!」

いきなりの命令に素っ頓狂な声を上げるハルだったが、すぐに気を取り直してカエデを見る。そして、イメージしてみた。カエデが今の人間の女の姿ではなく、もっと別な姿である所を。無機物、はさすがに無理なので犬や猫といった動物がいいだろうか。それとも今の姿から比較的似ている別な人間にするべきだろうか。選択肢は色々あるが、そのどれかに絞って、次々とハルは考えてみる。カエデが、今のカエデではない姿をしている所を。じっと、真剣に、思わず歩みを止めてしまうぐらいの集中力で。
ハルに付き合って足を止める一同。しばらくの沈黙の後、ハルが大きな息を吐いた。

「ッ駄目だ!全然無理だ!いくらイメージしようとしても、カエデはカエデだ……今の姿以外は想像出来ない」
「気落ちするでないハム、それが普通なのじゃ」

がっくりと肩を落とすハルの腰辺りをハクトが慰めるように叩く。どうやら自分が話題になっているようだとようやく気付いたらしいカエデが首を傾げて、とりあえずハクトの真似をする。便乗して同じようにまねをしようとしたヘリオを手で払いのけて、ハルはハクトを見た。

「普通だって?」
「そうじゃ、お主の中でカエデはこの姿であると記憶してしまっておる。その固定観念を人は簡単に覆す事など出来ないのじゃ。それは誰だって同じ、わしだってそうじゃろう。特に守護騎士は宿主の一番初めのイメージ、つまり第一印象そのままの姿で現れるのじゃから、それを崩すのは至難の業じゃ」
「でも、ソディちゃんはそれをやってるみたいだけど?」

ヘリオの言葉に、ハクトは心から呆れかえったため息を吐く。

「だからわしは信じられぬのじゃ。ただでさえ意思のある守護騎士を武器という無機物で出現させ、なおかつそのイメージをころころと変えられるとは……その娘、一体何者なんじゃ」
「いやー、ちょっとドSな普通の女の子のはずなんだけどなー?生まれだって由緒正しき人間の一族だし」
「ああ、そういやソディは金持ちだったな」
「そそ!ちなみに俺様も格調高い美しい貴族の生まれだけどね!」
「はいはい」

胸を張るヘリオを軽く流して歩き出すハルに、すぐにカエデがついてくる。一歩遅れて、深く考え込んだ様子のハクトがそれでも本を手に持ち後ろに並んだ。あれほど考え込むハクトの姿は初めて見る。それほど、ソディの存在はハクトに衝撃を与えたのだろう。ハルはすでにカエデやヘリオやハクトに衝撃を受けていた後なので、それほどでもない。あの少女が危険人物である事に変わりは無いが。
そこでハルは、あの場にはソディの他にももう一人、不思議な人物がいた事を思い出す。

「そういえばハクトさん、ソディと仕事仲間だとか何とか言ってたマツバって奴が、竜みたいなものを連れていたんだけど、あいつは本物だったのかな」

ハルの言葉に、自らの思考の海に沈んでいたハクトが視線を寄こす。その視線に何かを感じたハルは問うように首を傾げたが、ハクトはすぐに本へと目を戻してしまった。

「その竜はどのぐらいの大きさだったのじゃ」
「えー、大きさはともかく、高さは俺よりも少し大きいぐらいだったな……」
「あれは私よりも高かったから、ハルとの身長差は少しではなくて結構あ」
「カエデ!世の中には正直に言って良い事と悪い事があるんだ!」

カエデの口を慌ててハルが塞いでいる間に、話題が逸れたことで調子を少し取り戻した様子のハクトが事も無げに言う。

「それは竜では無いな」
「見た目は俺が想像する竜そのものだったんだけど」
「ではそれは竜に良く似た何かじゃ。前にも言うたが、本物の竜の大きさは人間などと比べるものではないほどの巨体だからの」
「じゃあ、竜人だったんじゃないか?ハクトさん言ってただろ、竜人が変身した竜は人間よりも少し大きいサイズだって」

ハルは自分の言葉に納得した。なるほどそれならあの竜が竜にしては小さかった理由になる。去り際にマツバが言っていた「本物の竜とは少し違う」という言葉もそれなら納得がいく。これは正解だろうとハルは思った。しかしハクトはあっさりと首を横に振る。

「いくら竜人でももう少し大きいわい」
「そ、そうなのか?あっそれなら、あの竜が子どもだったとか」
「ハム、覚えておくが良い。竜人が竜の姿に変身できるのは大人になってからじゃ。残念ながら子どものうちはどんなに努力しても、竜にはなれないのじゃよ」

本当に残念そうにハクトが言う。自分の予想が外れて、意気込んでいたハルはしょんぼりと肩を落とした。心の中で確信さえ抱いていたので思っていたより慰めるようにその肩を叩いてくるカエデの温かさが、今は少しだけ辛い。

「なら、あの竜みたいなやつは何だったんだよ」
「さあて、実際に目にしていないわしには見当もつかぬな。もし機会あればそのマツバとかいう者に直接聞いてみる事じゃな」
「そうするか……まあ、あんまり会いたくは無いが」

マツバが嫌なのではない、その傍にいるであろうソディが怖いだけだ。あの刃と笑顔を思い出して少しだけ身体を震わせたハルは、気を紛らわせるように歩みを早める。カエデもハクトも問題なくその速度に合わせた。そうして一行は、渓谷へと足を踏み出していく。

「……あれっ俺様の事は無視?ちょっとちょっと、俺様にもうちょっと関心持ってよ皆特にカエデ様!むしろこれは全員で俺様の放置プレイって事にしちゃうよ?一人で楽しんじゃうけどいいの?って待ってってば、俺様が悪かったからー!」




深い口を開けて待ちうけていた渓谷が見えてきたのは、それから半日ほど歩いた後だった。途中でお昼と少しの休憩をはさんでいるが、普段よりも少し進みが遅いなとハルは感じていた。やはり起伏に富んだ道だと進む歩みも体力も普通の道より削られてしまうようだ。最も今までのハルであったら、まあいいかとのんびり歩を進めている所だっただろうが、目的がある今は少しもどかしく感じてしまう。
そんな心の焦りに気付いたのだろうか。隣を歩いていたカエデが、ハルの服の裾を軽く引っ張る。

「ハル、そんなに急ぐとこの先は危ない」
「いくら俺でもいきなり谷に突っ込んでいくなんて事はしないから大丈夫だっての」
「このあたりは確かこの巨大な渓谷がしばらく続くのじゃったな。皆、落ちぬようにな」

周りに注意しながら自分は本に集中するハクト。ハクトには第三の目がどこかに隠れているのだろうかと近頃ハルは考えている。一番最後尾をふらふらと歩いていたヘリオが、ようやく見えてきた渓谷に情けない声を上げた。

「うへえ、この道まだまだ続くの?」
「ヘリオお前体力無いなあ。言っておくが、今日中にここを抜け出す事は絶対に出来ないからな。数日はこのまま渓谷を進んでいく」
「うっそマジで?!ひどいよそんなに俺様をいたぶって楽しいのヒメ?!俺様は楽しい!」
「一人で楽しんでろ!」

そのままヘリオを置いて進もうとするハルだったが、ヘリオはまだ何かブチブチと文句を言っている。この体力の無さは、自称貴族はともかく旅慣れていない事は明白であった。

「そんなに離れてるなら馬車にでも乗ればよかったのにー。ロスロドの町ぐらいの大きな所だったら、何台でも出てるでしょ」
「こんな危険な道通ってくれる馬車は少ないうえに金掛かるだろ、却下」
「ヒメのケチー!それに高いって言っても、ヒメが考えているような法外な値段じゃないよ!」
「……ヘリオは、乗った事があるの?」

ふと呟かれるカエデの問い。確かに今のヘリオの口ぶりは、以前に金を払って馬車に乗った事があるような言葉であった。問われたヘリオは不意をつかれたような表情で一瞬固まって、失敗したと言わんばかりに頭に手を置いた。

「まあねー。俺様の実家この先だから。この渓谷の向こう側からこっち来たんだ」
「は?おい、初耳だぞヘリオ」
「だって言ってなかったもん。そもそも俺様の事そんなに興味ないでしょ」
「まあな」
「そこは否定してよー!放置プレイにも程があるよ!」

えーんと泣き真似をして見せるヘリオにイラッとする。しかし、そうやって言うほどハルはヘリオに興味が無い訳ではない。まだ何か隠し事があるような感じのソディとの関係も気になるし、この自称貴族が本当は何者なのかも知りたい気持ちがある。しかし面と向かって尋ねてもきっとこの男はのらりくらりとかわしていくだろう。それに、人には何かしら、他人には話せない秘密や過去があるものだと、ハルは理解していたのだった。
だからハルはヘリオに深くはつっこむ事無く、先の道を指差しただけだった。

「ならこの先がどうなってるか知ってるよな?話せ」
「残念ながら俺様、ここを通った時は馬車の中で優雅にまどろんで、夢の世界で美女にいたぶられていたもんだから、ほとんど覚えてないんだな」
「本当に使えないなお前……」
「あーいいねその蔑んだ目、背中にゾクゾクくる!でも大雑把になら分かるよ、確か長い橋が掛かってた」

ヘリオの情報は本当に大雑把なものだった。しかしヘリオがこちら側に来る事が出来たのだから、このまま進めば向こう側に渡れる事はハッキリとしている。それだけ確認できただけでもいいか、とハルは前向きに考える事にした。

「この渓谷を越えないと向こう側には行けないからな、気合入れて行くぞ」
「おー!ほらカエデ様も、おー!」
「おー?」
「変な事教えんなっての!」

気合を入れ直したハルは、そこでさっきから一言も話していないハクトに気付く。また本に夢中になっているのかなと思ったが、その視線は開かれたページに注がれる事無く、あさっての方向へと向けられていた。道が続いて行く正面より、少し上。しかしこの道がこの先空へ続く坂になっているとしたら、まさにハクトが見つめる方向が目的地となるだろう。気になったハルは話しかけていた。

「どうしたんだハクトさん」
「む……いや、何。少々不穏な空気を一瞬感じとったものでな」
「ふ、不穏?」

そんな事を言われると嫌でもそんな気がしてくる。ヘリオ以上に謎めいた人物であるハクトが言うと余計に。ハクトは軽く首を振ってみせると、すぐに本へと視線を落としてしまった。

「ただの一瞬じゃ、道中に何も起こらない事を祈っておくのじゃな」
「あ、ああ……そうするよ」

だがしかし、ハルは予感していた。見た目は五歳児の癖に色んな人生の修羅場を経験してきていそうな貫禄のあるこの魔法使いの直感は、良く当たるのではないかと。
そしてそれは、間違ってはいなかった。

第五話 願いと代償

11/12/20



 |  |