ハルが悲鳴のような声を上げて駆け出す間に、全ては終わっていた。斬りつけてきたリーダー的な男をカエデが、残りの後ろに固まっていた山賊たちをハクトが、それぞれ蹴ったり魔法を放ったりして、一瞬で戦いを終わらせていた。その間にハルは、地面に倒れ込んだヘリオへと駆け寄る。

「ヘリオ、おいヘリオ!しっかりしろ!」

仰向けに横たわるヘリオの頭を持ち上げる。瞑っていた瞼がゆっくりと持ち上がり、青色の瞳が必死なハルを真っ直ぐ映した。何故かとても穏やか表情だった。

「あいたた……さすがの俺様も、斬られる痛みに快楽を得る境地にはまだ至って無かったみたい、いやあ、まだまだだなあ」
「今そんな事言ってる場合じゃないだろ!と、とにかく止血を……」

ハルが片手で自分の荷物を弄り始める。叩きのめされた山賊たちが気絶する仲間を引きずって逃げていくのを確認してから、そこにカエデとハクトも近づいてきた。ヘリオを覗きこむカエデが、戸惑ったように尋ねる。

「ヘリオ、何故私をかばったの?私は宝珠から力を得ているから、多少の傷は回復出来るのに」
「ふふふん、俺様は永遠の貴公子だからね、可愛い女の子にはどうしても身体が動いてしまうのさっ。カエデ様、俺様に惚れちゃった?」
「惚れる?」
「ヒメより俺様の方が好きになっちゃったかなー?」
「全然」
「あ、そう……」

残念そうに肩をすくめるヘリオに深刻感は全くない。その額には汗が吹き出し、眉間には苦しそうに皺が刻み込まれているので、痛みが無い訳ではないだろうに。焦って上手く目的のものを探し出せないハルが、癇癪を起こしたようにがりがりと頭を掻いた。

「あーっもう!確かこの辺に応急処置用の道具を入れてたはずなのに!」
「まあまあヒメ、落ち着いて、そんなカリカリすると禿げるよ?ヒメ的にはそっちの方がお望み?」
「今一番焦んなきゃいけないのはお前だろうがっ!何でそんないつも通りのムカつく事ばっか言ってるんだよ!」

半分キレ気味にハルが怒鳴るのは、ヘリオの傷に原因があった。思いっきり斬りつけられたその腹の傷は、明らかに浅いものではない。この傷が致命傷にはならなくても、このまま血を流し続ければ確実に命は無い程のものなのだ。だからハルは焦っていた。ヘリオはいちいちいらつかせる事しか言わないしそもそも勝手についてきた変態だが、それでも死んで欲しくないと思えるぐらいには情が移ってしまっている。そうでなくとも、目の前で生命の危険に晒されている者がいれば、それを助けようと思うのはハルにとって当然の事だった。
しかしいくらハルが怒っても、ヘリオは顔をしかめさせながらも笑顔のままであった。力が抜けた手をひらひらと振り、まるで何でもない事のようにアピールをする。

「実はね、俺様には焦らなくてもいいある理由があるんだ」
「はあ?これだけ血流して焦らなくてもいいって、どんな理由があってもそんな訳ないだろ!」
「いやいやそれが、そんな訳あったりするんだよね」

あくまでもへらへらと笑うヘリオに最早怒る気力も失せたハルであったが、ハクトの声にハッと呼び戻された。先ほどからヘリオの傷の状態を見ていたハクトが、彼には珍しい驚愕の声を上げたのだ。

「……これは!」
「はっハクトさんどうしたんだ!まさか、ヘリオの傷はそこまで……?」

顔色を青くするハル。しかし顔を上げたハクトの表情は、奇妙に歪んでいた。あえて例えるなら、驚きと疑惑が混ざり合ったような顔。簡単に言えば、半信半疑といった様子であった。どういう事か分からず困惑するハルに、ハクトは手で指し示した。

「ハム、ヘリオの傷を見るが良い」
「は、はあっ?!きっ傷を見るって……」

あまりにもむごい傷なので今まで直視出来ないでいたハルだったが、そう言われてしまっては見ない訳にもいかない。大体傷の具合を見なければ手当だって出来ないだろうと、覚悟を決めたハルは視線をヘリオの腹に向けた。そこは予想通り赤色にべったりと濡れていたが、予想を外れたものもあった。

「……えっ?」

ハルの口から思わず戸惑った声が漏れる。そのまま鞄に掛かっていた左手が、ヘリオの傷に伸びた。目で見ただけでは信じられなかったのだ。消毒もしていない手で傷に触れてはいけないと頭の中で思ってはいたが、確かめなければならないという気持ちの方が勝っていた。この目で見ているものが、本当に事実なのか。
果たしてヘリオの斬られた傷にゆっくりと触れた震える手。その指先が刃が抉った肉に触れる事は、無かった。血で汚れてはいるが、そこにあるのは無傷の皮膚であった。

「き……傷が、無い」
「ヘリオ、斬られていなかったの?」

首を傾げるカエデに、ヘリオは笑顔で首を横に振る。

「もちろん斬られたよー、じゃないと美しい汚れなき俺様がタダで地べたに寝転ぶ訳ないじゃん」
「そ、そうだよな、血だってこんなに出てるし、斬られたのは間違いないよな……あっ、実はここじゃなくて、別な部分が斬られた?」
「いや、間違いなくそこが斬られたよ?ヒメだって見てたでしょ」

思いついた可能性をすぐに本人に潰される。ハルの頭は混乱で破裂しそうだった。今目の前で何が起こっているのは、さっぱり分からない。その答えを持っているただ一人の人物はただ笑うばかり。そこへ、考え込んでいたハクトがじっとヘリオを見つめた。

「……なるほどのう」
「ハクトさん?何がなるほどなんだ」
「確証はまだ無いが、何故傷が瞬時に治ったのか、見当がついたのじゃ。エムオが宝珠を探している理由と同時にな」
「宝珠……それって」

その一言で、ハルの中にもまさかという思いが芽生えた。問うようにヘリオに視線を向ければ、苦笑いのような表情を浮かべる。

「ま、とりあえず休まない?傷はこの通り治るけどさ、流れた血がすぐに回復する訳じゃないみたいなんだよね、さすがに。キリキリ歩きなって鞭を片手に女王様プレイしてくれるなら、俺様貧血をおして歩く覚悟はあるけど?」
「お前な……」

思わず呆れたハルが頭上を仰げば、夕方を通り越した空が闇色に染まっていく中、ぽつぽつと星を浮かべ始めていた。タイムリミットである事は明らかだ。もしこれが昼であっても、進む事は出来なかっただろう。ハルは思いため息を吐き出しながら言った。

「……今日は、ここで野宿だ」





何も無い固い道の真ん中で一晩越す準備は、急いだ甲斐もあって早く済んだ。ランプ一つの心もとない明かりの中非常食を切り崩しての夕食を手早く食べてしまう間に、すぐそばにある渓谷の形さえ見えないほどの暗闇に包まれる。いつもはどうも思わない事のはずなのに、今日に限ってそれが恐ろしい事のように思えるのは、やはり先ほどの出来事のせいなのだろうか。
ハル達は食事を済ませた後しばらく、無言で空を見上げていた。星空を見つめながら、それぞれ色んな事を考えていたためだ(ただしカエデはどうか分からない)。そんな重い空気の中、口火を切ったのはハクトだった。

「エムオよ、質問をしても良いな?」
「本当の所は美女に見下された目でみっちり問い詰められたい所だけど仕方が無いから良いよ」

ふざけた事を言いながらヘリオも覚悟を決めた顔で答える。とうとう来たかとハルは緊張した顔で二人を見た。カエデはいつも通りだった。

「お主のその能力、不老不死なのか、それとももっと他の似たような能力なのか、答えよ」
「うわっそういう風に聞いちゃう?普通まずはどうして傷が勝手に治ったんだーとか聞かない?」
「ほとんど致命傷であった傷があれだけ瞬時に治ったのじゃ、すぐに思い浮かぶのは不老不死のような力じゃろう。わしが今一番知りたいのは、その先じゃ」
「何で不老不死なのか、でしょ。厳密に言うと俺様不老じゃないんだけどね、多分、不死なだけで」

尋常ではない能力をさらりと口にするヘリオ。ハルは無意識に自分の荷物へと手を伸ばしていた。そこにあるのは、丸い固い感触。今自分がここにいる全ての元凶である。

「それは……宝珠の力なのか?」

ハクトがさっき口走った言葉を、ヘリオは否定しなかった。つまりは、そういう事だ。ハルの恐々とした質問に無言で笑ったヘリオは、頷く代わりに話し始める。

「俺様、持ち逃げされた家宝の宝珠を探してるって言ったよね。その持ち逃げされる前、ちょっと家庭内のごたごたで俺様が生命の危機に瀕する自体に陥っちゃったんだ」
「普通一般家庭では、家庭内のごたごたで生命の危機に瀕する自体になんかならないと思うんだが」
「普通じゃなかったんだろうねえ。とにかくその時俺様の近くに、その家宝の宝珠があった訳。願いが叶えられるほどの力がもうすでに蓄えられていた奴ね」

おそらく当時の事を思い出しながら語るヘリオに、そこでハクトが思案するような表情で口を挟んでくる。

「待て、願いが叶えられる段階の宝珠という事は、お主は宿主だったという事か」
「いや、その宝珠の宿主は別な人だったよ」
「それならおかしい話じゃ、例え今すぐにでも願いが叶えられる状態の宝珠が目の前にあっても、宿主でなければ扱えないはずじゃ」
「へえ……そうなのか」

ハクトの話にハルが感心する。確かにそうでなければ、他の人間に願いを先越される事態に陥ってしまう事があるかもしれない。願いを言う直前に隣から早口で捲し立てられでもしたら、宿主のくたびれ損になってしまう。叶えて貰う願いさえ思いついていないハルだったが、思わずよかったなどと考えてしまった。
ヘリオはと言えば、笑顔をまったく変えることなくパタパタと手を振ってみせる。

「チビ自身が前に言ってたじゃん、宿主が死んだら別な奴がまた宿主になるって。それでたまたま、ちょうどいい状態の宝珠を絶体絶命のピンチだった俺様が手に取っちゃったんだよね」
「……ふむ、そういう事か」
「ああなるほど、確かにハクトさんが前にそんな事言ってたな……って?!」

ヘリオは最初に、これは家庭内のごたごたと言っていた。それに宝珠は家宝であるとも。つまり今の話そのまま統合すれば……死んでしまったのは少なくともヘリオの親族、という事になるが。
ハクトがその辺に深く突っ込まなかったので、ハルも言いだせなくなってしまった。そうこうしている間にヘリオがさっさと話を先に進めてしまう。もしかしたら、突っ込まれたくない部分だったのかもしれない。

「まあ、ここまで話せば何が起こったかもう分かるよね。そのたまたま手に入れた宝珠によって、俺様は何をどうされても死なない身体になっちゃったんだ。最初はマジでびっくりしたよ、当時の俺様は宝珠の事について何も知らない初々しい純真な美少年だったからね。あの頃から歳をとったりはしているから、不老ではないって事」
「ヘリオは……その時、何て願ったんだ?」

ハルには疑問だった。普通こういう時の不老と不死は、セットでついてくるものではないのだろうかと。伝説や物語に出てくる不思議な薬や魔法の効能だって、不老不死と一括りで登場してくるような気がする。だからどうして不死だけなのかと、純粋に疑問に思ったのだ。
ヘリオはあっさりと答えた。

「死にたくない」
「……へっ?」
「死にたくないって思った、それだけ」

一瞬ポカンとしてしまったハルを置いて、ヘリオは無駄に頬を膨らませてみせた。そのムカつく顔に怒りを覚える事も忘れてしまった。

「宝珠も単純だよねー、確かにとっさにそうやって思っちゃったけどさ、それを叶えちゃう?普通。俺様思っただけで頼んだ覚えは無いんだよ?それに不死だけって中途半端だし。どうせならおまけに不老だってつけてくれればいいじゃん、このままじゃ俺様数十年後にはじいさんになったまま永遠に生きなきゃいけなくなっちゃうのよ。まあ俺様ほどの美男子だといくら歳を重ねてもこの輝くオーラは消える事は無いだろうけどね。さすがにそれは嫌だから、元に戻してもらうために宝珠を探してるって訳。はい、これで理由判明!他に何か質問ある?」

信じがたい情報が次々と頭の中に入ってきて、ハルは声を出す事も出来なかった。変わりにハクトがヘリオに尋ねかける。

「不死を取り除きたいだけならばハムの緋の宝珠でも出来るじゃろう、何故頑なに奪われた宝珠を探すのじゃ」
「あはは、一回それ考えたけどヒメにメタメタに打ち倒されちゃったし、この身体の事が無くてもその家宝の宝珠を取り返す事が今の俺様の任務だからねえ。今の所不死ってめちゃくちゃ役に立つし、すぐに元に戻らなくてもいいかなーって思ってのんびり探してる所なのさ」

こんな風に、とヘリオが己の腹に手をやる。刃物で切られた名残で服は切り裂かれたままであったが、奥に見える皮膚にはやはり傷一つ見当たらない。完全に、癒えてしまっている。貧血も治ってきたのだろうか、ヘリオの顔色もランプの明かりの中ではあるが悪いようには見えなかった。これが、宝珠の叶えた願い、不死の力なのか。
ハルは想像してみた。自分がもし、ヘリオと同じ不死の力を手にしたら、どうなるか。目を瞑って考えてみたが、答えは分からなかった。ただ不気味だと思った。死んでしまうほどの傷を負ってもたちまち治ってしまう自分の身体が、得体の知れない力によって強制的に生かされてしまう身体が、最早恐ろしいとまで感じた。想像の中でさえそう思うのだから、実際に手に入れてしまった時の事なんか、考えもつかない。ハルは何も言えなくなってしまった。
質問をしたハクトも、開かれたままの本を読まないまま何かを考えているようだった。二人が押し黙る中、ヘリオがことさら元気よく、今まで会話に入ってこなかったカエデに話しかけていた。

「そういう訳だからカエデ様、俺様がさっき庇った理由、わかったでしょ?」
「死なないから?」
「そうそう。何食らっても死なないのは保証されているからね、カエデ様だったら俺様どんどん盾役になっちゃうよ!だから遠慮なく、この卑しい下僕が早く私の盾におなり!って命令していいからね」
「おい、カエデに変な事ばっかり教えるなよ!」

思わずハルが突っ込む中、カエデが不思議そうに首を傾げる。

「痛みは感じないのか?」
「それがねえ、痛みは感じるんだよなあこれが。だからこそ俺様のドМ人生に拍車が掛かったというか何というか。でも大丈夫、痛みでショック死はもちろん無いからー」
「じゃあ、駄目」
「えっ?」

ヘリオの言葉を遮って首を振るカエデに、青色の瞳が丸くなる。どうせスルーされるか普通に肯定されるだけだろう、と思っていた所だったのだ。それはヘリオだけではなくてハルも同じだった。カエデはハルを指差して言った。

「ハルは傷がすぐに治っても痛かったら駄目だって言った。だから、駄目」
「ああー……言ったな、確かに」

ハルも思い出した。山賊と戦う時、殴りつけるカエデに拳が傷つくからやめろと言った時の話だ。あれはカエデに向かって言った言葉であったが、ヘリオも同じだと言いたいらしい。あっけに取られた様子のヘリオは、すぐに調子を取り戻して拳をプルプルと震わせる。

「かっカエデ様、そこまで俺様の事を想ってくれていたなんて!とうとう俺様の熱い心が通じたんだね!」
「いや、カエデはハムの言葉に従順なだけじゃろう、お主を想って言ったのでは決してない」
「何で俺様が感動している時にそういう風に言うかなあ!分かってたけどさ!」

目の前の会話を肯定も否定もせず、ただ首を傾げて聞いているカエデ。ハクトの言う通りかもしれないが少しだけ、ほんの少しだけはヘリオを想って言った事、なのかもしれない。一度がっくりと肩を落としたヘリオは、気を取り直したようにわざとらしく息を吐いた。

「まあその言葉自体カエデ様へのヒメの言葉だしね、俺様は痛みと快楽に身を任せてこれから盾にでもなってあげるから、安心してー」
「駄目だ」
「ええっ?」

まさか二度も阻まれるとは思っていなかったヘリオが間抜けな声を上げる。遮ったハルの表情は、真剣そのものであった。

「さっきの言葉は確かにカエデに言ったものだ。だがヘリオ、俺はお前にも同じ事を言うぞ」
「それってヒメ、今まで散々冷たい事言ってたけど、まさかとうとうデレた?」
「確かにお前は変態だし勝手についてきた穀潰しだし使えない一文無しだし変態だしウザいし変態だしハッキリ言ってカエデよりも気を使う価値は無いと思っている変態だが」
「えっ何この言葉責めご褒美?この無駄に心に来る言葉責めはご褒美なの?」

戸惑うヘリオに、ハルはびしっと指を突きつけて、言った。

「後で治ったとしても身体に何ともなくても、痛いのなら盾になんかなるな。お前一人が俺達の分を余計に苦しむ必要なんてない。これはどんな能力を持っていたって、どんな奴だって同じだ。理由は、俺が嫌だから、以上。分かったな」

一方的にまくしたてたハルに、ヘリオは言葉を失ったようだ。カエデは意味を分かっているのかは定かではないがハルの言葉にうんうんと頷き、ハクトはやれやれといった感じで笑みを浮かべる。二人とも、ハルの言葉に異存はないようだった。

「役に立たないのは始めからじゃ、今更盾などいらぬ。それよりも貴重な宝珠の関係者として容赦なく観察するつもりだから、そのつもりでいる事じゃな」
「ヘリオ、私もいらない。盾に隠れるよりもまずハルを守らなければならないから」

優しいのか優しくないのかよく分からない言葉達に、ヘリオはしばらく無言でランプの光を見つめる。たっぷりと数十秒黙り込んだ後、唐突に皆に背を向けて、ごろんと寝転がってしまった。

「なるほど世界の国宝級に美しい俺様を傷つけたくないって事だね皆の愛はよーく分かった!まっそこまで言うなら身を引くしかないなー残念だなー!さーて夜も更けたし今日大活躍しちゃった俺様はもう寝る!おやすみ!」

ランプの光から逃げるように暗がりへと蹲ってしまったヘリオに、ハルは息を吐き出しつつ微笑む。そのまま自分の寝る支度を整え、ハクトに目配せしてランプの灯りを消した。ハクトも今日は本を読む気にならないようで、開いていた古めかしいページを閉じる音が聞こえる。これですぐそばにいるカエデが見えないぐらいの闇が訪れた。ただ一つ見えるのは、ぱちぱちと瞬きをする赤い瞳だけ。

「俺たちも寝るぞ、カエデ」
「うん」
「明日はまたこの険しい道を進むのじゃ、皆疲れを持ち越すでないぞ」

無数に瞬く星の僅かな光に目が慣れてしまう前に、眠気は訪れるだろう。心地よい沈黙が辺りを支配する中、歩きっぱなしだった身体と衝撃的な出来事に疲弊していた心はすぐに眠りを求める。目を瞑ってすぐに夢の世界に片足を突っ込んだハルは完全に眠ってしまう前に、まるでいじけたような声を聞いた気がした。

「まったく……皆ドМの扱い方まるでなってないね……ここですかさず罵ったり虐げないとか、ドМいじる絶好のチャンスだったのに……俺様おかげで楽しめないじゃんまったく……もっと深く追求したり、問い詰めたりすると思ってたのにさ……本当、放置プレイが過ぎるよ……」

丸く縮こまる金髪の男にその晩望むような冷たい言葉がかけられる事は、とうとう無かった。

12/02/16



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