大会当日の朝は、憎々しいほどの晴天だった。宿を出てから目に痛い青を睨みつけて覚悟を決めたハルは、思い切って正面を見る。目の前はこの村のほぼ中央に位置する広場であった。普段は村人たちがぽつぽつと休憩している光景が見られるであろうのどかな広場には今、人々が賑やかに詰めかけている。参加者なのか見物人なのかハッキリしないが、皆大会のためにここに集まっている事だけは確かだ。今日が良い天気である事を喜びながら元気に溢れる広場を一望しながら、ハルは眠い目をこすり上げる。

「はあ、みんな元気だな……」
「ハルは元気じゃないのか?」
「見ればわかるだろ、俺の元気はひとかけらも残ってねえよ。今日の事考えてたらよく眠れなくて寝不足だしよ」

元気無く項垂れるハルの肩を、カエデはたまにハルがそうしてやるように優しく撫でてくる。慰めてくれているようだ。それに若干癒されたハルは、しかし隣にやってきたやけに嬉しそうなヘリオを見て再びテンションを下げる。

「いやー本当、今日は絶好の大会日和だねえ!青い空、温暖な気候、賑わう人々、そして朝日を浴びてより一層輝く人間の美の限界を超えた俺様!うんうん、素晴らしい朝だ!」
「そのまま朝日に溶けてしまえばいいのに。それで、何でてめえはそんなに嬉しそうなんだヘリオ。俺がこれからとんでもない不幸な目に合うかもしれないってのに」
「不幸?不幸な事なんて何一つ待ってないじゃない!」

ヘリオはげんなりした様子のハルが信じられないといった顔で手を広げた。

「だって俺様達が勝てばもちろんハッピー、たとえ負けてもソディちゃんのペットになれる資格貰えるんでしょ?ご褒美じゃん!どっちもハッピーじゃん!」
「ハッピーなものかこの変態!俺にとっては苦痛でしかないわ!」
「えー、ヒメもこっち側に来れば幸福を味わえるのになあ」
「誰が変態の仲間になるかっ!」
「ふむ、朝から元気そうじゃなハムよ。これなら大会にも張り切って望めそうじゃな」

一番最後までのんびりと朝食後の緑茶を飲んでいたハクトが、ゆっくりと宿から出てくる。その全力でリラックスした子どもの頭を、ハルは思わず思いっきり睨みつけていた。大会に参加するという一番の言いだしっぺ、つまり今の状態の元凶とも呼べる奴が何を呑気な事を。ハルがいくら睨んでも、ハクトは素知らぬ顔で本を開くだけであった。

「やあハル、おはよう。何だか顔色が悪いように見えるが、大丈夫かい?」

なかなか宿の前から動けないハル達の元へ、ハキハキとした足取りでマツバが近づいてきた。とっさに視線がソディを探してしまったが、どうやら今は近くにいないようだ。胸をなでおろしながら、目の前にやってきたマツバに対応する。

「あ、ああおはよう。ちょっと緊張して寝不足なだけだ」
「そうか、しかしこの大会は命を落とすようなものではない。他の参加者はほとんどがここの村人のようだし、もっと気楽に構えていてもいいと思うよ」
「いや俺の生死を分ける重要な事がこの大会の結果で決まっちまうんだけどな……」

何も知らないマツバが恨めしいと同時に羨ましい。そういえば、マツバは自分達が本気で優勝を狙いに行く事をまだ知らなかったはずだ、とハルはそこで気がついた。理由は置いておいて、それだけは言っておいた方が良いような気がする。少し迷ったハルだったが、結局伝えておく事にした。

「マツバ、実は俺達も、真剣に優勝を目指す事にしたんだが……」
「何?……それは、いきなり一体どうして?」
「いやその、大会に挑むからには、やっぱり優勝目指して正々堂々と勝負しなきゃいけないな、とか思ったりなんかして……」

マシな言い訳なんて思いつかず、結局目を泳がせながらしどろもどろにそうやって言うしかなかった。やっぱりいきなりの心変わりを不審に思われるだろうか、と冷や冷やしたハルだったが、マツバはその説明を聞いて、なるほどと頷いてみせる。
納得した?!

「確かにその通りだ、皆で優勝を正面から競い合う事こそが大会の醍醐味。参加表明しておいて手を抜いていればその大会を侮辱するようなものだ……君の言う通りだハル。私は覚悟が足りなかったようだ、反省するよ」
「い、いや、反省してもらうような事でもないから!」
「私は今ここに誓う、君たちと手を抜く事無く正々堂々と戦い抜いて、優勝を勝ち取る事を。君たちもどうか全力でぶつかって来て欲しい。それこそがこの大会に対する、参加者である我々の礼儀なのだからね」
「は、はあ……」

ああ、この人面倒くさい人だ。ハルは曖昧に頷きながら思った。たまにいるのだ、こういう変に頭の固い人が。今回は納得してくれたから良かったものの、下手にこじれると関係の修復が困難になりかねないタイプである。気をつけよう、とハルは一人心の中で肝に銘じた。
その時、広場の中央辺りでピーッという甲高い音が鳴り響いた。思い思いに喋っていた人々が僅かに黙る。ハル達も何事かとそちらを見た。群衆の中から笛の音を鳴り響かせたのは、どうやら大会の係員の者だったようだ。タスキをかけた男が注目されるように真っ直ぐと空に向かって手を上げている。

「皆さん、おはようございます!只今から第26回バルトラ大会の開会式を行いますので、こちらでお待ち下さい!」

係員が指し示したのは、広場の端に作られた簡素な舞台であった。村のあちこちに散っていた人々がそこを中心に移動を始める。それを見たマツバも当然といった顔でそちらへ身体を向けた。

「どうやら、いよいよ始まるようだ。どこかに行っていたソディも戻ってくるだろう。ハル、これから私たちはライバル同士だ……正々堂々、頑張ろう」
「お、おお。よろしく」

片手を上げたハルに満足そうに頷いて、マツバは人ごみの中へと歩いていってしまった。ただしその特徴的な頭の色と身長のお陰で、姿が見えなくなる事は無い。どうやら舞台の方へと移動しているようだ。その後ろ姿を見送って、十分に距離が離れた事を確認してからハルは重苦しい息を吐き出す。隣から慰める様に軽く肩を叩いてきたヘリオの手を払いのける元気すら無かった。

「うーん。あのマツバって人、顔は綺麗だけど、あんなに生真面目だとさすがに俺様とは合わないなあ。残念残念」
「お前本当見境ないな……。まあ、生真面目だよな、わざわざ開会式見るために舞台の前に移動するなんて。俺ならパスだ」
「だよねー、俺様もこの広場に集まった美人を探すのに忙しくて、開会式に出るおっさんなんて眺めてる暇無いし!」

言いながらヘリオの目はすでに広場を舐める様に見回している。声をかけ始めたら殴り飛ばす事にして、今はとりあえず放っておく事にする。ヘリオから目を背けたハルが反対側を見ると、小さなふわふわの白い頭が見えた。その顔にはいつの間にやら、最早おなじみのサングラスが掛けられている。ハルは思わず感心した。

「ハクトさん、本当にマツバに正体を知られたくないんだな」
「放っておけ、わしは余計な面倒事を起こしたくないだけじゃ」
「この大会に参加して余計すぎる面倒事起こしたのはどこの誰だったか……」
「何じゃハム、何かわしに言いたい事がありそうじゃな」
「何でもありません何でも!」

本を開いて何かの呪文を唱えそうなハクトから瞬時に距離をとって、カエデの陰に隠れながらハルはまた大きなため息をつく。まだ今日が始まったばかりのすがすがしい朝だというのに、これで何度目のため息だろうか。

「はあ……いかんな、いくらこんなうんざりするような展開が連続してると言っても、こうため息ばかりじゃ……」
「?何でため息ばかり吐いてたらいけないんだ」
「迷信だけどな、ため息を吐く度に幸せが逃げていくとか、そういう話があってだな」
「!駄目だハル、これ以上ため息を吐いては……幸せを逃がしてはいけない!」
「もがもがっ?!めっ迷信だと言っただろうが!」

話を聞いていきなりハルの口を抑え込んでくるカエデ。慌ててその手から逃れて、ハルは空を見上げる。その口が半分開いた所で、ハルは今度は自分で自分の口を抑えた。無意識のうちにまたため息を吐きそうになっていたのだ。息を吐き出す変わりに、ハルは限界まで肩を落とした。

「ああ……俺、そもそも吐き出すほどの幸せが、今残っているのか……?」

その問いの答えは、幸運の神のみぞ知る事である。



第26回バルトラ大会の開会式は、ごく普通に始まり、平和のまま終わった。大会の会長の挨拶から始まり、ルトラ村の村長のちょっと眠くなる長い話が終われば、簡単な注意事項を読みあげられてそれで終わりである。

「おい聞いたかハクトさん、この大会では人を直接傷つけるような行為は禁止だってよ!これならソディも無暗やたらと俺の命を狙う事も無いよな!」
「ふむ。ハムよ、お主はあのソディとやらがこの注意事項を大人しく守る様な可愛らしい少女だと思っておるのか?」
「……希望ぐらいは……持たせてくれたっていいじゃないか……」

開会式が終われば、大会の始まりであった。大会参加者はこちらへと呼びかけられて集まった場所には、予想以上に大勢の人々が詰めかけていた。大体が4,5人ほどのグループで固まっている。見る限り男と女の比率は大体五分五分で、上は老人下は子どもまでとまさに老若男女が平等に参加してきているようだった。しかしさすがに最年少は見た目五歳児のハクトのようだ。集まった人々をサングラスをかけたままの目で見回して、ハクトは誇らしげに胸を張っている。

「どうやら見る限り、大会参加者の最年少と最年長をわし一人が更新しておるようじゃの。愉快、愉快」
「ああそう」

愉快とは程遠い気分のハルは軽く流す。そうしている間に、最初の競技の参加者を募る声が届いてきた。

「バルトラ大会、最初の競技は『キイチゴ早食い競争』です!各グループ一人選んでこちらに集まってくださーい!」
「早食い競争だと?!」

なるほど怪我人が出なさそうな無難な競技である。この地方の特産品も存分にアピールできるまたとないチャンスだ、よく考えられている。ハルは一同を見回した。

「言っておくが、俺の食欲は人並だぞ」
「それを言うなら俺様だって、高貴な貴族らしい繊細でデリケートな胃袋しか持ってないから」
「わしとてこの身体では入る量も限界がある。しかしハムよ、悩まなくともこの競技、ふさわしい者など一人しかいまい」
「えっ?」

ハクトは持っていた本で一人を指した。ハルの隣でいつも通りボーっと立っていた、カエデである。

「よく考えてみるのじゃ。カエデは守護騎士、本来なら物を食べずとも生き永らえる事が出来る存在。つまり、満たされる腹も無いという事じゃ。それはつまり、どういう事じゃ?」
「はっ!そうか……つまり、いくら食べても満腹にならないって事か!満腹を知らないなんて、カエデ、少し可哀想だな……」
「いやヒメ、今重要なのはそこじゃないでしょ」

思考が脱線しかけたハルだったが、たしなめられて考え直す。満腹にならないとはつまり、いくらでも物を食べる事が出来ると言う事だ。ハルが気付いた顔で見れば、ハクトはこくりと頷いてみせる。

「それに、キイチゴはカエデの好物じゃったな。うってつけじゃろう」
「なーんだ、それならこの競技楽勝じゃん!よかったねヒメ、いや、この場合ソディちゃんの奴隷になれるチャンスが遠ざかるって事だから、残念だった?」
「いや全然残念じゃねえよ、よかったんだよ。という訳だカエデ、頼めるか?」

問う様に見上げれば、カエデは戸惑ったような視線を向けてくる。どうやらまだ上手く展開についてこれていないようだ。

「私は何をすればいいんだ?」
「お前はただ目の前に沢山出てきたキイチゴを食べてくれればそれでいいんだよ」
「キイチゴ……あの甘酸っぱいのが口いっぱいに広がるあの赤いアレが、目の前に沢山……?!ハル、私は死ななければいけないのか?」
「いや死ななくていいから。天国じゃねえから現実だから。出来るな?」
「う……うん、死なないように頑張る」

カエデは非常に緊張した面持ちで係員の元へ歩いて行った。ちょっぴり心配だが、こうなったら見守る事しか出来ない。ハルは心の中でエールを送りながら、カエデを見送った。
大食い大会はすぐに始まった。さきほど開会式が行われた舞台の上に長いテーブルと椅子が置かれて、大食い選手が食べる様子が広場のどこからでも見る事が出来る様になっている。ハル達は今度こそ舞台の前に陣取って、カエデの目の前で応援する事にした。
緊張で固まった表情のまま椅子に座るカエデの隣を見て、ハルは驚く。何の縁か、隣に座っていたのは澄ました顔をしたソディだったのだ。応援に駆け付けた群衆を見渡せば、すぐ近くにマツバが立っているのが見てとれる。マツバもハル達に気付いたようで、人ごみの隙間を縫って近づいてきた。

「やあ。君たちとは余程縁があるようだな」
「そうみたいだな。それにしても、大食い大会だぞ?ソディが選手でいいのか?」
「昔の記憶だけど、俺様もそんなにソディちゃんが大食いだった覚えはないんだけど」

ヘリオも不思議そうに振り返ってくる。マツバはとても複雑な表情で肩をすくめてみせた。

「私が出ようと言ったんだが、ソディが秘策があるとか言ってな。半ば無理矢理出場してしまったんだ」
「秘策、ねえ……」

あんな細っこい身体のどこにそんな秘策が仕込まれているのか定かではないが、とりあえず何だか嫌な予感がする。ハルはそんな思いを振り払うようにカエデを見た。カエデはハルの視線を受けて、決意するように頷く。大丈夫、カエデならやってくれるだろう……。

「それでは、バルトラ大会第一種目、大食い競争、いよいよ始まりますよー!」

司会のおっちゃんが声高々にそう言えば、係のおばさん達がかごに山盛りのキイチゴを持って選手の目の前に置いていく。あのかごいっぱいに入ったキイチゴを早く食べ終わった者が勝ちという訳だ。目の前に大量のキイチゴを置かれて、カエデの目が輝く。ハルがカエデの背中を押すように声をかけた。

「カエデ、いいか!出来る限り早く、多く、口いっぱいに頬張って飲み込め!そのキイチゴ全部食べ尽くすんだ、全部!」
「全部……全部?これ、全部私が食べていいのか?こんなに美味しいものを全部……?!」
「いいから!お前が全部食べなきゃいけない分だから!頑張れ、カエデ!」

カエデがおろおろしている間に、司会のおっちゃんが笛を口にくわえる。

「それでは、いちについてー。よーい……」
ピーっ!
「カエデ、いけ!食えっ!」

笛が鳴った途端、一斉にキイチゴを頬張る選手たち。一歩遅れてカエデもハルの声を聞いてキイチゴを食べ始めた。出遅れはしたが、言われた通り限界までキイチゴを飲み込むカエデの量は半端では無かった。さすが守護騎士。隣の男がその量を見て思わず手を止めてびっくりしているほどだ。よし、これならいけると拳を握るハル。しかしすぐに驚く事になる。
無事にキイチゴを飲み込んだカエデが、目を瞑ってキイチゴの味に感じ入ってしまったのだ。

「ああ……やはり美味しい、この瑞々しい甘さ……ジャムとはまた違う、素材本来の味……」
「か、カエデー!感動している場合かっ!早く食え!」
「はっ!」

ハルに急かされてようやく現実に戻ってきたカエデ。再びものすごい量を頬張ってよく噛み、ごくりと飲み込む。しかしそこでやはり、キイチゴのあまりの美味さに感動して目を細めてしまう。

「お、美味しい……このキイチゴで作ったジャムを食べたい……」
「カエデー!」
「はっ!」

ハルに呼ばれて帰ってくるカエデ。慌ててキイチゴを食べ始め、途中でやっぱり意識を遠のかせる。

「美味しい……このキイチゴ味のアイスもきっと美味しい……」
「カエデー!」
「はっ!」

すぐにどこかへ飛んでしまうカエデだったが、一度に食べる量が多いのでそこそこ早かった。これならいけるかも、といちいち叫んでやっているハルが思っていれば、隣からハクトが渋い声を上げる。

「これは、まずいのう」
「へっ?何がまずいんだ?」
「うひゃあ、ソディちゃんすげえー」

ヘリオの感心した声に釣られてソディを見るハル。そして驚愕した。ソディはお上品に銀色のフォークでキイチゴを食べているようだったが。そのフォークで刺したキイチゴが次から次に消えているのだ。それは凄まじい速度であった。みるみるうちにかごからキイチゴが消えていく。周りで見守っている観客も驚きにどよめくほどである。

「すげえ、あのお嬢ちゃんものすごい勢いでフォークに刺して食べてるぞ!」
「早すぎて、まるでキイチゴが刺した瞬間に消えているように見えるわ!」
「隣の子も沢山食べてはいるけど、あのスピードにはかなわねえな!」

観衆から、ソディのスピードに対しての歓声が沸き起こる。ハルはその中、信じられない思いでいっぱいだった。

「いや……あれ、マジで消えてないか?どうなってるんだよ!」
「うーん確かに、ソディちゃんはただ口をパクパクさせているようにしか見えないよねー」
「ふむ、そうか……なるほどのう。分かったぞ、あのフォークの正体」
「えっ正体?!」

ソディの様子を注意深く見つめていたハクトが、納得するように本のページをめくる。

「あのフォーク、どうやら守護騎士のようじゃな」
「は?!あ……ああ、そういやソディは、自分の守護騎士をどんな武器にでも自在に変化させる事が出来たんだったな……、って!あれ武器かよ!フォークじゃん!」
「つまり守護騎士に食べさせてるって訳?いやー考えるなーソディちゃん。まあやってる事は俺様達と一緒だけどね」
「うむ、わしらの場合は、カエデのキイチゴ好きが逆に仇となってしまった訳じゃな」
「いや、そもそもどこから食べてるんだよあのフォーク!色々反則だろ!」

自分で叫んでハルは気がついた。そうだ、これは反則スレスレの行為ではないだろうか。何せこの競技に参加出来るのはただ一人だけなのだ、守護騎士を一人とするならば、ソディは二人で出場している事になる。こんな行為、あの真面目なマツバが許すのか。ハッとマツバに首を巡らせるハル。そこで見たものは。

「何と、ソディにこんな早食いの特技があったとは……本当にキイチゴが一瞬で消えているようにしか見えないな」
「気付いてねえーっ!」

クソ真面目に感心しているマツバの姿があった。あの硬い頭では、まさか目の前で自分の仲間が不正行為を働いているなどとは思いつかないのだろう。一瞬伝えてしまおうかと思ったハルであったが、宝珠の事について何故知っているのかと逆につっこまれてしまう可能性がある事に気が付き、止めておいた。
そうこうしているうちに、人々の歓声の上から甲高い笛の音が鳴り響く。早食い競争の終わりの合図であった。ごくりと口の中に頬張っていたキイチゴを飲み込んだカエデの目の前にあるかごの中身は……後、一個。司会のおっちゃんがカエデの隣の席へ走り寄り、高らかに宣言する。

「バルトラ大会第一種目、早食い競争を制したのは、なっ何と!『宝珠ゲッターズ』チームの可憐な少女、ソディ選手だーっ!」
「ふふっ当然ですわ」
「こちらもあと一歩の所まで迫っていたが、惜しくもソディ選手に及ばず!『ヘリアンサス様と愉快な下僕達』チームのカエデ選手にも皆さま、惜しみない拍手をお願いいたしまーす!」

大接戦の模様に大盛り上がりの会場から、割れんばかりの拍手が沸き起こる。しょぼんと項垂れるカエデと、得意げな顔でこちらを見下ろすソディを交互に見ながらハルは、「お前勝手にチーム名付けてんじゃねえよ」とヘリオを蹴り飛ばす余裕も無いまま、愕然と立ち尽くすしかなかった。

「ま……負けた……?!」

12/11/26



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