大変盛り上がったキイチゴ早食い競争の後、次の競技までの準備のため一時の休憩時間が与えられた。すっかり意気消沈したハルの横を、満足そうに笑いながらソディが颯爽と通りすがって行く。

「おーっほほほ!この競技は楽勝でしたわねえ。あらハル様、お顔の色が少々すぐれないようですけれど、どうされましたの?無理をしてはいけませんわよ、体調が悪いのであればすぐにでも棄権された方が良いのではないでしょうか。まあその場合、不戦勝でわたくしの勝利となりますけれど!おーっほほほ!」
「ソディ、無暗に挑発するような言動は慎むんだ。ここは個々の実力と実力がぶつかり合う神聖な大会の場なんだからな」
「んもう、相変わらずマツバは固い頭をお持ちですこと。ですが、ハル様のその絶望がにじみ出てきた情けない表情を見る事が出来てわたくし、大満足ですわ」
「まったく……ハル、すまないな。しかし彼女とソディの接戦は思わず手に汗握る展開だった、素晴らしい。次もより良い競技にしよう」

ソディの後ろについていたマツバが謝ってくれたが、ハルの心は晴れる事は無い。そのまま立ち去って行く二人の後ろ姿を、どこか恨めしそうに眺めるだけであった。そんなハルの元に、限界まで肩を落とした様子のカエデが歩み寄ってくる。

「ハル……ごめんなさい。ハルに言われた事を私は速やかに実行出来なかった……おまけにあの女にも負けてしまった。私は守護騎士失格だ……」
「……カエデ」

悲しそうにうつむくカエデの姿を見て、ハルの気持ちが少しだけ浮き上がる。落ち込んでいるのは自分だけでは無い。カエデもまた、ハルのために頑張りハルのために悲しんでくれている。悔しい思いをしている。ソディちゃんの高笑いも素敵だーと寝言をほざいているヘリオと興味なさそうに本を読んでいるハクトとは違うのだ。
それにこれで終わりという訳ではない。ハルはカエデの肩を優しく、労うように叩いてみせた。

「カエデ、いいんだ。俺の方こそ無理矢理食べさせて悪かったな。好物だったのに味わう暇もなく食べなきゃいけなくて大変だっただろ?」
「うわっ見てよチビ、ヒメのあの露骨なカエデ様贔屓!俺様あの優しげな声の100分の1も貰った事無いよ、罵られるの気持ちいいから別に良いけど」
「エムオよ、諦めるのじゃ。ああいう面倒くさいのには関わらぬのが一番じゃ」
「お前ら好き勝手言うな!こうなったら何としても、俺達が頑張らなきゃいけないんだぞ!もっと気合を入れろ!」

自分の今後が関わっているハルはかなり必死だ。ソディの下僕になりたがっている変態はともかく、優勝賞品を狙っているハクトはもうちょっとやる気を出してくれてもいいのではないだろうか。
その時、タイミング良く大会の係の者から次の競技の知らせが届いた。大きな声で叫ばれるその内容とは。

「はーい参加者の皆さん!次の競技は『バルトラ地方早押しクイズ』です!今回も各グループ一人を選んで集まって下さーい!」

ざわめく周りから「またか」だの「毎年恒例の」だの聞こえてくる事から、伝統的な競技であるようだ。名称から考えれば、この地方に関わる問題を早押しで答えていくクイズ競技なのだろう。視線は、自然と皆下を向いていた。

「……なるほど、わしの出番か」

視線を受けて、ハクトが本を閉じながら頷く。明らかに頭を使う競技、ここはハクト以外に考えられない。しかしハルは不安を抱えていた。

「ハクトさん、この辺の地理を知ってるのか?多分、地方独特の問題を出してくるクイズだぞこれ」
「ふむ。一つ言えるのは、わしがこの地を訪れるのはこれが初めてである、という事だけじゃな」
「駄目じゃねえか!」

頭を抱えるハルとは対照的に、ハクトは何故か得意げに胸を逸らす。

「案ずるなハム、わしの実力を思い知らせてくれようぞ」
「知らない土地の事についてどうやって実力を出すって言うんだよ!」
「まあそこで見ておれ、おのずと分かるじゃろう」

さっさと一人で集合場所に歩いて行ってしまうハクト。何も言えずにその小さな背中を見送り、ハルはがくりと肩を落とした。希望を持てなかった。今度の競技も捨て競技になりそうだ。二連続で負けてしまったら、この先一体どうやって挽回すればいいのだろう。絶望がハルの頭をよぎる。
こちらも先ほどの負けたダメージがまだ回復していない様子のカエデが、同じように暗い表情をしているハルを覗きこんでくる。

「ハル、ハクトは今度は何を食べるんだ?」
「今度は早食い競争じゃなくて、クイズだ……出された問題の答えを誰よりも早く答えれば勝ちって競技だよ」
「ハクト、自信に満ちあふれていた……。ハクトは全ての答えを知っているのか?」
「さあな……」

適当に答えたハルだったが、のちにそれが真実であったと知る事になる。



早押しクイズの会場は、先ほどの早食い競争と同じ場所であった。低いステージに今度は弾くとチーンと甲高い音を立てるベルを人数分並べている。あれを最も早く鳴らした者が答えを言う事が出来るのだろう。選手はすでにベルが置かれたテーブルの前に座っていた。ハクトは身長が足りないので、椅子の上に座布団を何重にも積み上げられている。少しバランスが悪そうな姿だが、そんな様子を微塵も見せずに澄ましたサングラス顔で座っていた。隣には何の因果か、マツバが真剣な表情でベルを見つめている。

「また隣同士、しかも今度はマツバが参加か……」
「ええ。ここで愚民共にわたくしの生まれ持っての天才的な頭脳を見せつけても良かったのですが、マツバが出ると言って聞かなかったのですわ。何でも順番に競技に参加するとか何とか……まったく本当に硬い頭ですこと」
「うわっソディ?!」

いつの間にか隣にはソディが陣取っていた。瞬時にカエデがハルの前に割り込んでくるが、ソディはそれ以上近寄る事もせずににやにやと笑うだけであった。

「嫌ですわカエデさん、わたくし何もいたしませんわ。この大会中は他人を傷つける事は出来ないルールですもの。そう、この大会中は、ですけど……ふふっ」
「あー第26回バルトラ大会が永遠に続けばいいのになー」
「ヒメ、さすがにそれは極端でしょ……って、つまり大会中は俺様もソディちゃんに何も痛めつけて貰えないって事?!うわー大会早く終わらないかなー!」
「ヘリオ余計な事を言うな!終わらなくて良いんだ!」
「嫌だ!今すぐ終わって欲しい!そして俺様を早く尖ったハイヒールでぐりぐり踏みつけてほしい!ああん」
「ゴミを踏みしめるなんて、そんな気持ち悪い事出来ませんわ。それでしばらくくたばっていて下さいな」

ヘリオの額にいつの間にかフォークが刺さっている。今まさに人を傷つけた現場を目撃してしまったが、大会の係員もあまりの早さに気づいていないようだ。観客も目の前のクイズ選手たちに釘付けで人の頭にフォークが刺さっている事など気にもしない。ハルも見ない事にした。うっとおしいし。

「さあ選手の皆さん、準備はいいですか?おやこんな小さな坊ちゃんまで参加してくれるとは!このクイズは頭の良さでは無い、このバルトラ地方にどれだけ詳しいか競う競技だから、年齢は関係なく頑張ってくださいね!それでは行きますよー!」

声の大きいお兄さんがステージの上に立った。この人が問題を出すらしい。この声の大きさなら広場のどこにいても聞き洩らす事は無いだろう。ハルの喉がごくりと鳴る。係のお兄さんは、声を張り上げて問題文を読み上げた。

「第一問!このバルトラ地方で一番大きな村の名前は?!」
チーン!
「それはここ、ルトラ村だ!」
「はい正解でーす!」

答えたのは真面目に問題を聞いていたマツバだった。目にもとまらぬ速さでベルを鳴らし答えてみせる。その速さに、観客はおおーっと歓声の声を上げた。ハルは悲鳴を上げたくなった。

「では第二問!バルトラ地方で最も多く栽培されている特産物といえば?!」
チーン!
「キイチゴだ!」
「惜しい!正式名称でお答えください!」
チーン!
「コバルトラキイチゴよ!」
「正解です!」

今度答えたのは二人ともこの村出身と思しき者達である。最初答えて不正解だったおじさんは悔しそうに頭を抱え、次に正解を答えたお姉さんは勇ましくガッツポーズをとって見せる。この地方の問題が出るクイズなのだから、住民たちが有利なのは明らかであった。その事にハルは今ようやく気付いた。

「お、おいおい、これハクトさんに勝ち目はないんじゃないか……?!」
「でもいいんじゃない?あのマツバさえこの競技で勝たなきゃまだチャンスあるでしょ。次の競技で勝てばいいんだし」
「あ、ああそうか、よく考えればそうだよな……優勝からは少し遠くなるけど、マツバが勝ち越すよりはまだマシか……」
「そうそう。この後俺様が大活躍出来る競技が来るかもだし!あーあ、美少年コンテストだったら一瞬で優勝なんだけどなー!」
「うるせえ!後早くフォークを抜け馬鹿ヘリオ!見てるこっちが痛々しい!」

ハルがヘリオの相手をしてやっている間にも、問題は進んでいた。

「第三問!ルトラ村現村長の名前は?!」
チーン!
「トーマス・バルトラーノ氏だ!」
「おおっ正解です!旅人の方なのによくご存じでしたね!」

次に答えたのもマツバであった。その即答に観客から思わず拍手が鳴り響く。もしかしたらマツバはどんな問題が出るのか、予習をしていたのかもしれない。そうなると、マツバがこのクイズで優勝してしまう可能性が出てきた。ハルの顔色がまた悪くなる。カエデが心配そうにハルの肩を支えた。

「ハル、しっかり」
「だ、大丈夫だ……俺はハクトさんを信じてる」
「そんな真っ青な顔で言われても」

問題は早くも四問目に突入していた。この辺で誰もが一問は答えておきたいところだが……。

「第四問!バルトラ地方に点在する村はいくつかありますが、その数は?!」
チーン!
「5つだ!」
「残念違います!」

すぐにマツバが答えて、不正解を突きつけられる。他の選手たちも考え込むように押し黙った。5つじゃないのかと怪訝そうに首を傾げる者もいる。マツバも非常に悔しそうに顔をゆがめていた。どうやら難問らしい。観客が固唾を飲んで見守る中、一つの甲高いベルの音が鳴り響いた。

チーン!
「……4つじゃ。去年二つの村が一つに合併し、数を減らした。そうじゃな」
「せ、正解です!それまでは5つで正解だったのですが、今はペペン村とカム村が合併しペペカム村となった事で4つなのです!坊ちゃんよく知っていましたねえ!」

答えたのは何とハクトであった。しかも正解。一瞬ポカンと静まり返った観客は、次の瞬間ハクトに対しての称賛の声で溢れかえる。見た目は可愛らしい五歳児が良く大人が分からない問題を答えたものだと、皆感心しているのだ。それはハルも同じであった。一問も答えられない事を覚悟していたというのに、まさかの正解である。

「す、すげえぞハクトさん!何でこんな問題知ってるんだ!」
「ハル、ハクトは勝ったのか?」
「ああ!まあまだ一問だけ、だけどな!」

だが正直ハルは今のはまぐれだと思っていた。たまたまハクトが知っている問題が出て、運よく答えられただけなのだと。しかしその考えは、すぐに覆される事となる。

「第五問!このバルトラ地方の歴史上一番長生きをした人の名前と年齢は?!」
チーン!
「……レベッカ、ちょうど110歳じゃな」
「何と正解です!」

次の問題もハクトが正解した。皆が驚きの目でハクトを見つめる。

「第六問!数百年前この地方を襲った大地震、今では何と呼ばれている?!」
チーン!
「ば、バルトラ大地震!」
「違います!」
チーン!
「……バルトラルキミ大地震。まだこの地方が数個に分かれていた頃の出来事じゃ」「正解です!バルト、トラル、ルキミという昔の村が巻き込まれた大地震の事です!坊ちゃん素晴らしい!」

次もハクトが正解をかっさらった。苦し紛れに最初に答えたおっさんが悔しそうにハクトを見つめる。ハクトは周りの視線など気にしていないような澄まし顔だった。観客は最早大盛り上がりである。あんな小さな子どもが、この地方に住んでいる者でさえ普通知らないような事をあっさり答えてしまうのだ。異常事態であった。
ハルは騒ぐ事も忘れて呆然とハクトを見つめていた。いくらなんでも、おかしくないだろうか。

「ハクトさん、何でこんな問題知ってるんだよ……!別に予習していた訳でもないのに!」
「ハクトがいつも読んでいる本に書いてあるの?」
「いやいくらなんでも、そういう限定的な事は書いてないだろ……ん?」

カエデの問いに答えたハルは、ハッと気づいてしまった。問題を答える前、ハクトが妙な間をあけている事に。まるで何か答えを探っているかのような間。その間の正体を知るべく、ハルは問題を答える直前のハクトに注目した。

「第七問!約50年前この地方に現れ世間を騒がした大怪盗の名前は?!」

選手たちが問題に悩む間、観客たちの目がジェスチャー交えて問題を読む係のお兄さんに注目する瞬間、ハクトの手に、何かが見えた。ちらっと横目でハクトが確かめるそれは……どうやら、本であった。いつもどこからともなく出してくるあの本を、ハクトは一瞬読んでいるのだ。つまり、それは。

「か、カンニングだー!」

そう、ハクトは明らかに本を読んで答えを言っている。今回もまた、ハクトのベルが鳴った。

チーン!
「怪盗二面相、二重人格であった事からその名がついたようじゃな」
「またもや正解でーす!」

係のお兄さんも、盛り上がる観客も、誰ひとりハクトが反則行為を犯している事に気づかない。まさか目の前でこの可愛らしい五歳児が堂々とカンニングをしているなどと思いもしないのだろう。

「あの子すごいぞ!さっきから連続で正解している!」
「しかも住んでる俺たちでさえ一切分からない問題を知っているとは!」
「なんて秀才な子なの!あまりにも頭が良すぎて手元に一瞬本が見えるような気がするほどだわ!」
「そこまで見えてて何で気付かないんだ皆!」

騒ぐ周りの話にハルは突っ込みたい衝動にかられる。しかし実際に詰め寄る事はしない。ここでハクトのカンニングがばれてしまえば、ハルのチームは反則負けとなってしまうからだ。ズルイ気がするが、ここは黙っているしかない。

「しかしあの一瞬で本のどこかに書いてある答えを探し出して答える事が出来るハクトさんって結局すごいな……」
「そもそもチビはあの本をどうやって出したり消したりしてる訳?魔法?魔法なの?」
「ハクトはすごいな……ハルと同じぐらいすごい魔法使いだ」
「いや俺は魔法使いじゃねえよ」

仲間達が色々な意味でハラハラしながら見守る中、相変わらず一瞬だけ手元に呼び寄せる本をチラ見しながら問題を答えていくハクト。最早この場はハクトの独壇場となっていた。もうハクトがどこまで答えられるかの勝負にまでなってきている気がする。

「さあ、それでは運命の最終問題です!現在のルトラ村村長はちょうど15代目ですが、それでは8代目村長の名は何でしょうか!」
チーン!
「……8代目村長は、ロバート・テラバールトーラじゃ」
「正解っ!正解でーす!たった5年しか勤めず歴代村長の中でも一番存在感の無いこの8代目村長の名前を答えられるなんて!素晴らしいーっ!」

係のお兄さんが興奮した様子で両手を広げ、観客から割れんばかりの拍手が送られる。これで勝負は決まった。だれも文句を言うものはいなかった。祝福の拍手の中、お兄さんの口から優勝者の名前が挙げられる。

「バルトラ地方早押しクイズ、今回見事優勝を勝ち取ったのは、この小さな坊ちゃん!『ヘリアンサス様と愉快な下僕達』チームのハクト選手でしたー!」
「うおーとりあえずハクトさん良くやったー!後前回ショックでツッコミ忘れてたけど勝手に変なチーム名つけやがってヘリオこの野郎!」
「いたたいててやっと気づいてくれた!この瞬間を俺様は待っていた!」

ヘリオの足の甲をぐりぐり踏みつけながらハルが称賛する中、ハクトは胸を張ってそれらを受け止めていた。カンニングだけど。
熱狂する群衆の中からその時、一人だけ静かにステージを見守っていたソディがくすくす笑いながら口を開いた。

「あの子のあの、一瞬で本を覗き見る能力、素晴らしいものでしたわね。わたくしも是非見習いたい素早さでしたわ」
「き、気付いていたのかお前」

ぎくりとソディを見て、そして慌ててステージ上を見上げる。ソディは自分が似たような事をしているせいか特に気にした風では無かったが、他の者は違うだろう。もし頭の固いマツバがハクトのカンニングに気付いていたとしたら……!
かくして、難しい顔で座っていたマツバは、ガタっと音を立てて立ち上がり、隣のハクトへ歩み寄り……。

「……大人でさえ分からない問題を次々と答えるとは、素晴らしかった、私も見習わなければな。良い勝負が出来た、ありがとう」
「ふむ……どうも」
「気付いてねえーっ!」

どうやら問題に集中しすぎていて、ハクトが隣で何をやっていたのか一切見ていなかったらしい。
ハル達と観客、そして早押しクイズ参加者が温かく見守る中、差し出されたマツバの手に、少しためらったハクトの小さな手が重ねられ、固く握手が交わされた。
そっと俯いたハクトのサングラスの向こう側がその瞬間どんな表情をしていたのか。それは誰にも見られる事無く、二人の手は離された。

13/01/23



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