「世界中からとりあえず何でもかき集めたわしの秘蔵書たちも無駄ではなかったのう」と言いながら「3分で分かるバルトラ地方史」というカンニングに使用された本を自慢げに見せびらかしてくれたハクト。決して褒められた勝ち方ではないが、それでもこの勝ち星はハルにとってとてもありがたいものであった。一回分すでに負けていた今回の戦い、再び負けてしまっていれば相当な気力を削られていただろう。ソディの下僕なんかには絶対になりたくないのだ。

「よし、望みが出てきたな……。この大会、なんとしても勝つぞ!」

拳を天に振り上げ、高らかに叫んで気合を入れたハル、だったが。その勢いもすぐに砕け散ることになる。

クイズが終わってからすぐに次の競技は行われた。次の競技は「我慢勝負」と聞いて、ここは俺様の出番とばかりにすぐさま飛び出していったヘリオ。しかしこの我慢勝負、ただ痛みや熱さ等を我慢するようなものではなく、なんと洗面器に顔面を突っ込んでその時間を競うという、息を止める我慢だったのである。自他共に認めるドMのくせに堪え性のないヘリオが、息を止め続けるなんてできるはずもなく。

「……っぷはあっ!無理!これ無理!人類史上最高に繊細でか弱い美青年のこの俺様にこんな苦行耐えられない!」
「おーっとヘリアンサス様と愉快な下僕チームのスーパー美青年ヘリアンサス選手、30秒も経たないうちにギブアップだー!」
「なんじゃ、ハム、まさかあのエムオにまたしても、僅かながらにも期待などしていた訳じゃあるまいな」
「……してない、してなかったけどさ……またあいつ自分だけくそ恥ずかしい名前で登録してるし……」

こうしてハルのささやかな希望は数刻も経たずに絶望へと変わった。しかしハルに打ちひしがれている余裕はない。今日一日で全ての競技を終わらせて決着をつけなければならないこのバルトラ大会、休憩時間も少ないまま次の競技次の競技へ進んでいくのだ。
とりあえずハルは、ヘリオの腹を殴って憂さを晴らしておいた。

「ぐふうっありがとうございます!」
「しまったこいつにとってはご褒美になるのか今の。ややこしくて腹立たしい奴だな!」
「あとそういう冷たい目も突き放す言葉も俺様にとって喜ばしいことばっかりだよ!」
「分かった、今度から水の入った洗面器用意するわ」
「やめて、そういう苦しいだけなのはやめて」
「さて、順番的に言えば、今度はハムの番じゃな」

ハクトにさらりと言われ、ハルは怖気づいたように一歩後ろにさがった。

「いや、俺はみんなと違ってただの一般人だから、あんまり期待しないでくれよ」
「えーっ何それヒメだけ逃げるのずるい!俺様だって見た目が恐ろしく美しいだけの中身は純朴なただの人間なのに頑張ったんだぜ!」
「不死身なくせにただの人間名乗るな!」
「しかしハムよ、お主が頑張らねば泣きを見るのはお主じゃぞ」
「うっ……そ、そうだけどさ……」

そう、この大会に負けて一番被害を被るのは他の誰でもないハル自身なのだ。ちなみに先ほどの息止め我慢勝負は、司会のお兄さんが心配して止めに入るほどの記録を打ち立てたマツバが勝ちを収めた。これでまたマツバとソディチームが勝ち越していることになる。もう一歩も後に引けない状況だ。
と、その時係員の声があたりに響いた。とうとう運命の次の競技が発表されるようだ。

「皆さんお待たせいたしました!次の競技は『絵画コンテスト』です!参加される方は集まってくださーい!」
「「何っ?!」」

予想もしていなかった競技に全員(但しカエデ以外)が驚きの声を上げる。同時に、全員の視線が一人に集中した。もちろんハルだ。ハル自身も言葉にならないほど驚いている。まさかこの局面で、自分の得意分野が競技になるなんて。まるで図ったかのような展開である。
ハルが思わず固まっていると、隣でひそひそ声が聞こえ始めた。

「ここまでハムにおあつらえ向きな競技が来るとはのう。さすがのわしも予想外じゃったわ」
「ヒメにめちゃくちゃ都合の良い展開じゃん?ここで大活躍してもらわなきゃねえ一番必死だったのはヒメだし」
「大丈夫、ハルは他の誰よりも綺麗で素晴らしくて上手に絵を描ける魔法使いだから」
「そうじゃのう、これは是非とも頑張ってもらわねばならんの」
「いやーヒメならきっとちょちょいのちょいっと、楽勝に優勝掻っ攫っちゃうでしょ、普段から絵ばっかり描いてるしねー!」
「お前ら……無駄にハードル上げやがって。後で覚えてろよヘリオ」
「何故俺様だけ?!」

ぶつくさ言いながら集合場所に向かうハルの心境は、緊張が半分、安堵が半分であった。自分が自信を持って挑める競技であるのは良かったが、それだけにプレッシャーがかかっているのだ。
これは、絵描きとしては絶対に負けられない勝負であった。

「んで、よりによって対戦相手がお前とはな……」
「あら、そんなに意外でした?以前ハル様の絵を買わせて頂いたではありませんか。それにわたくし、繊細で高貴な心で多少なりとも芸術品は嗜んでいますのよ」
「お前と話してるとうざい金髪思い出して余計に気が滅入るんだよな……」

にっこりと微笑んでみせる銀髪の少女に、ハルは重い重い溜息を吐き出す。今回の絵画コンテスト、ソディも出場するようだ。まあ確かにマツバよりはらしいと言えばらしい。
お馴染みの檀上にはすでにキャンバスと道具がセットされていて、自前で用意しなくても大丈夫なようになっていた。お言葉に甘えてハルも用意されたものを使うことにする。自分の絵の具を減らさなくてもいいのは助かる所だ。
参加者全員がそれぞれ自分のキャンバスの前に立ったところで、司会のお兄さんが声を張り上げた。

「さあ、準備は大丈夫ですか?この大会もほぼ終盤、皆さん気合を入れて素晴らしい絵を描いて下さいね!今回は審査員に村長と村の役員たちが控えております、審査員の多数決で勝敗が決められるわけです!審査にはちょっぴり個人的趣味も入ってくるでしょうが、そこは大目に見てください!それでは、注目のお題です!」

司会のお兄さんはどこからともなく大きな紙を取り出し、自分の目の前に掲げた。書かれているものを全員が読めるようにゆっくりと左右に動かす。そこに書かれていた言葉は、短い文章であった。ハルは声に出して読んだ。

「心に残る風景……!」
「そうです!かつて見たことのある景色でも、想像する世界でも、何でも良いです!自分の心に残っている素晴らしい景色をそのままこの真っ白なキャンバスに書き写してください!おそらく見た目麗しい風景ほど審査員の目に留まることになるでしょう!制限時間は一時間、時間切れは即失格!描き上がった人から順に発表となります!早ければ早いほど公開時間が長引きますから、有利になるかもしれませんねえ!それではみなさん、始めてください!」

司会のお兄さんの言葉に、キャンバスの前に並んだ参加者が一斉に筆と絵の具を手に取った。ハルもあまり馴染みのない新品同然の筆を手に取って、ちらりと隣を見る。そこではご機嫌な様子のソディが絵の具を何種類か見比べていた。ソディもハルの視線に気づいてちらりとこちらを見てくる。

「おいソディ、お前本当に絵なんて描けるのか?」
「あら、ハル様ったら自分がちょっと絵が描けるからって自惚れていますの?平民のくせに。わたくしこう見えても幼少の頃、先生に絵を習っていましたのよ」
「なっ何?!本当か?」
「もちろんですわ。初めて先生の前で一枚の絵を完成させた時なんか、わたくしのあまりの才能に先生は卒倒しそうになった程ですのよ」
「マジかよ……まさか強敵がこんな所に潜んでいたなんてな……」

ハルも一応絵を人に教わった経験はあるが、相手は趣味で描いていただけの祖父だったのでそれほど技術はない。先生と呼ばれていた人間とは天と地ほどの差があるだろう。さっそく何かを描き始めたソディを見て、ハルの心に焦りが芽生える。
何を描けばいいのか、まだ何も浮かんでこない。心に残る風景と言われても、旅をしているハルにとってそれなりの景色というのはいくつか出会ってきている。その中から今一番最適な風景が何なのか、とっさに出てこないのだ。風景画はそれなりに得意だが、思い出しながらどこまで描けるか。中途半端なものは描きたくない、しかしこうやって思案している間にも時間は刻一刻と過ぎている。
絵を描いている最中、観客からはキャンバスの様子が見えないようになっているが、ピクリとも動かないハルの様子に何かを察したのか、仲間たちが少し離れた場所から声をかけてくれた。

「ちょっとヒメ何してんの!何でもいいからとりあえず何か描きなって!それでも俺様をかつてあんなに熱く激しく鞭打った男なの?!」
「うるせえ黙ってろ変態!」
「ハム、焦れば焦るだけ何も浮かんでは来ぬぞ。心を落ち着けて最良の風景を思い出すのじゃ」
「そ、そんなこと言われても……」
「ハル……!」

どこか必死に、しかし心からハルのことを信じてくれているような、芯の通る声にハルはハッと視線を巡らせた。ぶつかった瞳は息を飲むほどの美しい赤。名付けの由来にもなった、カエデの瞳だった。今にもハルに駆け寄りたい心を必死に抑え込んでいるようなそわそわしたその様子に、思わず笑みがこぼれそうになる。ハルを案じているカエデの気持ちが見ているだけでひしひしと伝わってくる。しかしカエデはただ単にハルが不安そうにしているから傍に寄りたいだけで、ハルが絵を描かないことにはまったく心配していないのだ。ハルがこの競技で一番を取ることを信じている。そういう信頼の気持ちがカエデの視線から次々と送られてくる。ハルは言葉に詰まった。このカエデの信頼に、自分は答えることができるだろうか。
その時、カエデの瞳をじっと見つめていたハルの頭の中に、とある風景が一瞬のうちに広がっていた。カエデの真紅の瞳から連想された、かつてこの目で見たことのある風景だ。ハルは一瞬己の脳内に広がるその光景に感じ入った。懐かしい心地が胸いっぱいに広がる。ああそうだ、かつては毎年目にしていた、故郷の風景だ。

「……これだ!」

ハルの手が動き出す。その腕は迷わず数種類の絵の具を手に取り、時には直に、時には何種類も混ぜ合わせながら、鮮やかな色を目の前のキャンバスに塗りたくり始めた。目で見なくても頭が覚えている風景だった。それをなぞる様に描くだけだ。動き出したハルの手はもう、止まらなかった。

「ハルが描き始めた」
「うんうん、夢中になって絵を描くいつものヒメの姿だね、あーよかった」
「どうやら適当な風景が思い浮かんだようじゃの。はてさて、一体どんな絵になるのやら」

ハルが描き始めたのなら、あとは見守るしかない。途中経過を見ることも叶わないので、観客はひそひそと邪魔にならない程度にざわめきながら、絵を描いていく選手を見つめた。
締め切りの時間まであと半分といったところか。いくら早く描き終わってももう少しぐらいは手直しなどで時間を取るであろう時間帯。描き始めが少し遅れたハルも時間内には間に合うだろうとほっとしていた時であった。突然、見守っていた観客たちがどよめき始めた。何事かと視線を向ければ、そこにいたほぼ全員が同じ方向を見つめている。ハルの隣であった。ハルもどこか信じられない思いで、ゆっくりと首を巡らせる。司会のお兄さんが代表して驚愕の声を上げた。

「な、なんと、制限時間をまだ半分も残した今、絵が完成した選手がいます!前代未聞です!しかもこんな可愛らしい少女が!先ほど早食い競争で一位を獲得した『宝珠ゲッターズ』チームのソディ選手です!」
「な、何っ?!ソディ、お前……!」
「ふふっハル様、お先に失礼いたしますわ。わたくしハル様と違って天才型ですので、頭に浮かんだ映像をそのまま瞬時に書き写すことができますの」

ソディは余裕の表情で笑っている。ハルだけでなく他の参加者も半ば呆然としながらソディを見つめた。そして慌てるように自分のキャンバスに向き直り、手の動きを速める。後れを取ってはならないと皆焦っているようだ。周りが焦る様をを愉快そうに眺めているソディに、司会のお兄さんは拍手をしながら歩み寄った。

「いや素晴らしい!さっそくですが、作品を見せてもらってもいいかな?」
「ええもちろん。さあ、わたくしの最高傑作、ご覧あそばせ!」

ソディは細身の体に似合わぬ動きで一気にキャンバスを観客や審査員のほうへ向けた。その際ハルにもその絵が見えた。ソディの絵に注目するために、広場は一瞬の沈黙に包まれる。しかしその沈黙は、一瞬を越えてしばらく続いた。司会のお兄さんでさえ何も言わずに佇んでしまう。ハルも自分の絵のことを忘れて固まってしまうほどだった。
キャンバスは全て塗りつぶされていた。用意されていた絵の具全てを使って描かれているらしいその色彩は、色と色が絶妙な按配で混ぜ合わされていて壮絶な恐ろしさを醸し出している。ぱっと見地獄の底の荒涼とした風景かと思わせるような全体図を目を凝らして見つめてみれば、あちこちに人間の顔らしき塊が浮かび上がってくるような気がしてくる。その全てが苦しみに満ちた歪んだ表情に見えてくるのはその色のせいか。人の顔に見える物体と物体の間には、ありとあらゆる拷問器具やおぞましい姿の生物が細かく描き込まれているように見えた。見たくなかった。
今にも醜悪な塊となって蠢きだしそうな、そんな臨場感のある凄まじい絵だった。あの短時間でここまで描き込むとは、なるほど本人の言うとおりソディは本当に天才なのかもしれない。果てしなく一般人とは逆の方向に。

「……え、えーっと、そ、ソディ選手、こっこれは一体、どこの風景なのでしょうか」

勇気と気力を振り絞って何とか声を上げた司会のお兄さんの言葉の語尾には「地獄ですか?」という問いかけが見え隠れしている。ソディは満足そうに微笑みながら答えた。

「楽園ですわ」
「らっ?!」
「わたくしの理想とする美しい楽園を描いてみましたの。このあたりなんか調子よく描けましたわ、どう思います?」
「えっ?!あ、えっと、その……」
「ふふっ絵を描くのは久しぶりでしたけど、絵の先生に習って初めて描いてみせたあの絵と遜色のない傑作が描けましたわね。うーん、あなた方凡人に申し訳なくなるぐらいわたくし、才能が有り余っているようですわー」

どうやらこの絵はソディにとって会心の出来のようだ。絵の先生が卒倒しかけたというのも今なら力強くうなずける。なるほど確かに、いきなりこんな絵を描かれてしまえば倒れたい気持ちにもなるだろう。絶望に。

「ううむ……言われてみれば確かに、凡人には到底描けないような絵だ……」
「これが芸術というものなのかもしれませんね……」
「所詮我々は専門家ではないからな……あの絵のようなものこそが真の芸術性溢れる絵なのかもしれない……」

あまりの規格外な絵に、審査員の者たちの感覚もマヒしてしまったらしい。この文字通りの地獄絵図にある意味魅了されてしまったのだろう、早くも大賞が決定されてしまいそうな空気である。ほかの参加者たちもその気配を敏感に察知し、皆慌てて自分たちの絵を仕上げる作業に取り掛かった。制限時間まであと半分、本来ならばまだ余裕のある時間帯のはずが、一人の異端者によって狂い始めていた。
ハルの中にもつられるように焦りの感情が浮かび上がってくる。その衝動のまま、再び自分のキャンバスに向き合おうとしたのだが。

「ハル!」

不意に自分の名前を呼ばれ、とっさに目を向けた。瞬間、強い赤の視線に射抜かれる。まるでハルの焦りを咎めるかのように、しかし突き放さず寄り添い心配するかのような強く優しい緋色の目。またしても、この目に助けられた。ハルの心には平穏が戻っていた。カエデの瞳を見つめたことで、自分が何を描きたかったか、まだ急ぎ慌てるような時間ではない事が思い出せたのだ。

「ハムよ、急いては事を仕損じるぞ。自らのペースで描くのじゃ」
「そうそう!まあヒメがソディちゃんの下僕になりたいっていうなら止めないけどね、俺様も便乗させてもらうし!」

ハクトとヘリオもそれぞれ自分なりのエールを送ってくれる。ハルは答えるように頷き返し、ゆっくりと腕を動かし始めた。ハルの目には最早周りの観客も競い合う参加者も、余裕の表情で胸を張るソディも何も見えていなかった。見えているのは、頭の中に広がる赤の光景と、それを描き写す目の前のキャンバスだけだ。
ハルが自分のペースで黙々と絵を描き上げる中、周りの参加者は引き摺られるように急いで仕上げた絵を次々と発表していった。それらは慌てていたためか、描き込みが甘かったり塗り忘れがあったりと、荒の目立つものが多い。ソディはしめしめといった感じで微笑みながらそれを眺めていた。もう少し時間をかけてもいいような時間に早々と描き上げたのは、ただ単にソディが待ちきれなかったのが半分、そしてこの周りの慌て様を引き起こすためが半分であった。思惑通りに事が運んで思わず笑みも浮かぶというものだ。

「うーむ、荒が目立ちますねえ」
「これは少し大雑把すぎるのでは」
「よく描けてはいるが、インパクトが足りないな……最初の絵と比べては」

最初の作品からマヒしてしまった審査員の人たちも、どうしてもソディの地獄絵図と比べてしまって評価が消極的になっている。あの絵と比べてしまっては世の中のほとんどの絵がインパクト負けしてしまうだろうが、最早そこまで回る頭は残っていなかった。次から次に突き出される急いで描かれた絵を、迫力が足りないだの描き込みが甘いだのソディの異常な絵を基準に切り捨てていく。観客もなにも口出しできずに、ざわざわと囁きながら見守ることしかできない。異様な空気が広場を包み込んでいた。
こうして制限時間がやってくる前に、ほぼすべての参加者がソディ以下であると審査されてしまった。審査員も参加者も観客も、何かを諦めたような表情でソディの絵を見つめる。ソディはもうこれ以上体を反らすことができないだろうというぐらい胸を張っていた。しかしその得意げな表情も、ふと隣を見つめてすっと消える。
まだ一つだけ、動きを止めない筆がそこにあったからだ。

「さあ作品は全て出揃いました!皆さんわかりきっているとは思いますが、優勝者の発表の時間で……って、あ、あれ?!まだ描いている人がいました!」

進行させようとした司会のお兄さんもようやくその存在に気付く。その声に会場にいた全員が、一斉にソディの視線を追った。大量の視線が一人に突き刺さるが、その注目に一切気づかない様子で、筆は止まることがなかった。ざわついていた会場が水を打ったような静けさに包まれた。
残り時間はあとわずか。無数の瞳が固唾を飲んで見守る中、一心不乱にキャンバスの上を動き続けていた筆が今、止まる。大きく息を吐き出して、額ににじんだ汗をぬぐいながら、ハルは久方ぶりに顔を上げた。

「……よし、出来た!」

13/04/27



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