友人は見た



「そういえば、今うちに死神がいるんだ」
「……は?」

翔太の何気ない言葉に、目の前の友人は目を丸くして呆然とこちらを見つめてきた。自分でも、少し唐突過ぎる話だったかもしれないと心の中で翔太は反省した。だけど今、本当にぽんと思い出したのだ。死神の話を、この友人には何も伝えていなかったな、と。

藤崎雄二は翔太の小学校からの友人であった。ちょっとだけ口が悪く、少しだけ面倒くさがりな彼と翔太は同じクラスになる事が多かったためか、いつの間にかコンビで活動している事が多かった。今もそうだった。
自由に席を移動できる給食の時間、中学でも同じクラスになったこの雄二と向かい合わせで昼食を食べている所だった。そこで今日のおかずの肉じゃがを食べながら翔太は、死神の事を思い出したのである。

「あー、悪いよく聞こえなかった。もう一回言ってくれないか」
「今うちに、この間原っぱで会った死神がいるんだ。いるっていうか、住んでる?」

夜は寝るためとか言ってふらっとどこかへいなくなるが、朝食の時もいるし帰ってからもずっといるし、最早住んでいるも同然だろう。
二度も聞いた翔太の言葉を、しかし雄二はやっぱりよく理解出来なかったようだ。箸を持たない左手でこつこつと自分の頭を叩いてから、もう一度翔太を見てくる。

「お前それ、そういえばで話し始める事か?そもそもどういう意味だよ、死神がいるって」
「そのままの意味なんだよ。全身真っ黒で、自分の身体ぐらいの大きな鎌を持った人物と言えば、死神だろ?」
「ああまあ、そりゃ死神だけど」
「そいつが今、うちにいるんだ。一緒にご飯食べたり、新聞読んだりしてるよ」

翔太は自分が見た死神をそのまま伝えているのだが、雄二の頭の上からハテナマークは取れない。いっそ増えているようだった。雄二の箸は今完璧に止まっていた。

「全身真っ黒で、自分の身体ぐらいの大きな鎌を持った、人?……それ、普通に不審者じゃないか?」
「不審……ああ、そう言われれば確かに不審だなあ」
「不審だなあ、じゃねえよ!何不審者を家に招き入れてんだよ!不法侵入だろそれ、通報しろ通報!」

雄二がビシッと箸を突きつけてくる。翔太は箸で切った大きなじゃがいもの欠片を口に放り込み、もぐもぐしながら首を傾げた。

「何か、通報するってレベルじゃないんだよなあ、あの死神」
「どういうレベルなんだよ?!」
「上手く言えないけど……不思議すぎて、通報なんて思い浮かばないレベル?」

雄二は危機感が一切ない翔太を見て、呆れた表情を向けてくる。力が抜けたようにふらふらと箸をさまよわせた後、しかしさりげない動作でニンジンを翔太の皿に入れてくる油断の無さだ。

「まあ待て、少し落ち着いて、順を追って説明しろ。この間原っぱで変な奴に会ったって言ってたよな、もしかしてそいつの事か?」
「そうそれ。いなくなったと思ったらやっぱりいたんだ。それからずっと家にいるよ」
「お前……その時に話しておけよ」
「ごめん。何か死神があまりにも普通にそこにいるもんだから、話すの忘れてた」

翔太は話しながら、入れられたニンジンを容赦無く相手の皿に返す。顔をゆがめた雄二は覚悟を決めたようで、ニンジンを口に放り込んで慌てて牛乳を飲んだ。丸のみしたら身体に悪いぞーとみそ汁を飲みながら翔太が思っていると、勢いでニンジンを飲み込む事に成功した雄二がしばらく考え込んだ後、決意をしたような瞳でこちらを見てきた。

「おし、決めた」
「何を?」
「昔からよく言うだろ。ほら、あれだよ、百なんとかは一なんとかになんとかって」
「……もしかして、百聞は一見に如かず?」
「そうそれ。このまま話してても埒開かないだろ。俺がこの目でそいつが不審者なのか何なのか、確かめてやる」

そう決めた雄二は頭の中の疑問を今の所は考えない事にしたらしい、元気よく残りの肉じゃがを食べ始めた。こいつは昔から国語が不得意だよなあと考えていた翔太もつられるように食事を再開した。

「いつ来る?」
「今日は駄目だ、面倒な事にお使いを頼まれてる。明日どうだ」
「分かった、明日だね。死神にも言っておくよ」
「おーおー言っといてくれ、覚悟決めとけってな」

決行の日が決まった後は、しばらく二人共無言で目の前のご飯を片づけていた。後は牛乳を残すのみとなった翔太が、ぽつりと雄二に言った。

「……疑わないんだ」
「何が?」
「今の僕の話が、嘘なんじゃないか、とか」

最後のお肉を飲み込んだ雄二が、箸を置きながら呆れる様にため息をつく。

「言っておくが俺はそいつが本物の死神だなんて信じて無いぞ?そんなマジモンの死神なんてこの世にいるわけないし。でも、死神だなんて名乗る奴がいるってのは、本当なんだろ?」
「本当だよ」
「なら、それでいいだろ。どのみち俺が直接見に行けばハッキリする事だ。メルヘン気取った危険物所持の不審者なんて、俺が化けの皮剥がしてやる」

翔太はこの目の前の友人が、翔太が愚かにも信じている非現実的な話が苦手だという事を知っていた。幽霊もUFOもその他の不可思議なもの全部幻でフィクション話なのだと、ずっと前から豪語しているのだから。知っていたから、死神の話をするのが遅れてしまったのかもしれない。
しかしそれでも、まるごと全部とは言えないが翔太の話を信じてくれた雄二が、とても有難かった。





「あいつ、本当にファンタジー的な話が好きだよなあ」

母親にお使いを頼まれていた雄二は、スーパーの袋を手に持ち考え事をしながらぶらぶらと歩いている所だった。考えていた事はやはり、昼に翔太と話していた内容だった。
翔太とは短い付き合いでは無いので、相手が嘘を言っていない事は雄二にも分かっていた。それでも死神と暮らしているだなんて、簡単に信じられるような話ではない。今までも翔太はどちらかと言えば幻想的な話が好きな人間であったが、こんなに突拍子もない事をいきなり言い始める奴ではなかった。だから何かしらの理由があるに違いないと、雄二は思っていた。もし死神とやらが、翔太の空想が好きな心に付け込んで居座っているような奴だったら、友人として助けてやらなければ、と決意していたのだった。

「鎌持ってるって言ってたな、俺も何か武器になるようなもの持って行った方が良いかな」

雄二が少々物騒な事を考えながら、帰り道の短い橋の上に差しかかった時であった。視界の隅に、見慣れないものを見たような気がした。人通りが少ない訳ではないが何せ短いので、この橋の上に佇むような人物はめったにいない。しかし今日はその橋の欄干に腰かけ、沈み行く夕陽を眺めている人物がいた。
最初雄二は、珍しい人もいたものだと思いながら対して気にも留めずに通り過ぎようとした。しかしその後ろを歩いた時、ふと光が見えた気がしたのだ。それは太陽の光ではなかった。もっと、鋭利なものが発する光だった。雄二は今しがた考えていたものも相まって、その鋭利な光の正体を瞬時に頭で理解していた。
そう、あれは、身の丈ほどの大きな鎌だ。

「……えっ?」

雄二は思わず足を止め、今通り過ぎた橋へと振り返っていた。雄二の脳裏に、翔太が話していた事が自然と浮かび上がる。雄二はそれを、呆然と繰り返していた。

「全身、真っ黒で……自分の身体ぐらいの、大きな鎌を持った……人?」

それは今、雄二の目の前にいた。重そうな大きな鎌を肩に担ぎ、全身真っ黒な男が橋の欄干に腰かけ、機嫌良さそうに足をぶらぶらさせながら、夕陽に照らされた町を眺めている。雄二がいくら瞬きをし、頭を振り、頬を叩いてみせても、その姿は目の前から消える事は無かった。幻では、ない。あれがまさか、翔太の言っていた、死神なのか。
あまりのショックに雄二がその場で立ち尽くしていると、ふと死神が首を巡らせ、雄二の方を見てきた。死神と雄二の視線がばっちり合ってしまう。雄二が何か声を上げる前に、死神が話しかけてきた。

「やあ」
「なっ?!」
「今日も夕陽が綺麗だね」
「いや……ええっ?!」

まさか普通に話しかけられるとは思っていなかった雄二はほとんどパニック状態だった。スーパーの袋を落とさなかったのが奇跡なぐらいだ。雄二が混乱している間に、死神はよっこいしょと欄干から降りて、ぐんと伸びをしていた。いかにも重そうな鎌を簡単に片手で掲げているのが妙に印象深かった。

「買い物帰りかい?ぼくもそろそろ帰ろうかな。今日の夕飯は何だろう」
「ゆ、夕飯?」
「カレーかな、パスタかな、ママさんの料理は何でも美味しいからな。それより食後のデザートが気になるな、プリンだといいなあ」

一人でなにやらブツブツと呟きながら、死神は歩き出した。まだその場に立っている事しか出来ない雄二の横を通り過ぎざま、にこやかに片手をあげてみせる。

「それじゃあ、またね」
「あ、ああ……」

思わず同じように片手をあげて返事をしてしまった雄二は、のんびりと歩くその背中を見送る事しか出来なかった。雄二が頭と体を動かせるようになったのは、死神の真っ黒な姿が視界から完全に姿を消してからしばらく経ってからであった。そのころには、辺りはすでに薄暗くなり始めていた。母親から遅いと怒られる事はほぼ確定だった。
しかしそんな恐ろしい未来がすぐそこに待っている事に気づけないまま、雄二はぽつりと呟いた。

「百なんとかは一なんとかになんとかって、本当の事だったな……」

不思議すぎて、通報するようなレベルじゃない。翔太の言葉を、雄二はしみじみと噛み締めていた。明日約束の時間を待たずして、学校で会ったら雄二は翔太にさっそく謝らなければならないだろう。
あれは確かに、死神だった。

11/03/24



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