鮮血!ネギラーメン大作戦



ベッドに寝転がりながら漫画を読んでいた翔太は、ふと学校でクラスメイトと交わした他愛無い会話を思い出した。ので、脇で翔太の漫画を首を傾げながら読んでいる死神へと話しかけてみる。おそらく読み始めたのが10巻ぐらいだったから、ストーリーが訳分からない状態なのだろう。

「死神ってさ、AB型っぽいよね」
「ん?何の話だい?」
「血液型の話だよ」
「うーん、ケツエキガタか、初めて聞くな」

死神は血液型を知らないらしい。脇に読みかけの漫画を置いてから、翔太は改めて死神の姿を眺めてみる。見れば見るほど、変だ。

「血の種類の事だよ。人間にはA型とB型とO型とAB型があるんだ」
「ふむ、四種類か」
「それぞれ性格が違うんだって、クラスの女子たちが話していたから。それを思い出したんだよ」
「性格ね。それで、そのAB型とは一体どういう性格なんだい?」
「変な人」

翔太の言葉に、死神は無言でしばらく考え込んだ。空中を見つめて気難しそうな表情で黙りこんで、やがて翔太を見てくる。

「それは、少し大雑把すぎる気がする」
「仕方ないだろ、四種類しかないんだから」
「そうか……人間を四種類の性格に分けるには、限りなく大雑把でなければ無理が出てくるからな……そうか、変な人か……」

ぶつぶつ呟く死神はどことなく落ち込んで見える気がしないでもない。しかし翔太は訂正したり慰めたりはしなかった。まさか、自覚が無いとは言わせない。
心なしか丸まる黒い背中を眺めていると、ふと翔太の頭の中に疑問が浮かびあがってきた。何気ない疑問であったが、考えれば考えるほど気になって仕方が無かった。しかし翔太は、それを直接死神に尋ねる勇気が、無かったのだった。




「という訳で、死神の血って何色だと思う?」
「それを俺に聞くなよ……」

翌日の学校にて、休み時間に事の経緯を話して聞かせた翔太に、雄二は呆れた顔を向けた。雄二が翔太の家に出向き、「やっぱり、いる!」とかつての翔太と同じ台詞を死神に向けて叫んでから、数日が経っていた。当日会うなり何故か翔太に謝ってきた雄二は、とりあえず死神というおかしい奴の存在を認めてはくれたが、今の所積極的に関わり合おうとはしていない。

「何でいきなりそんな疑問が思い浮かんで来たんだよ」
「だって、血液型知らなかったし、何か普通じゃなさそうだなと思ってさ」
「あーまあ確かにあいつは普通じゃないけど。それじゃあ全身真っ黒だから血も黒いんじゃないか?」
「うわ、それ怖いなー」
「それか、エイリアンによくありがちな緑色とかな」
「それは気持ち悪いなー」

雄二が色を挙げる度に想像した翔太は震え上がるが、ますます事実が気になってくる。そわそわし始めた翔太を仕方のない奴だなーと眺めながら、しかし話には付き合ってくれる友人思いの雄二なのだった。

「そんなに気になるなら、本人に聞けよ」
「ええっ出来ないよそんなの。雄二はいきなり自分の血が何色か聞かれたら、色々思う所があるだろ?」
「ま、まあ確かにムカついたりするかもしれないけど。それなら、実際に見てしまえばいいだろ」
「え……?」

翔太の脳裏に死神が持っているあの鋭利な鎌の刃が思い起こされたが、その思考を慌てて雄二が遮った。

「おい、危険な事はするなよ。何か偶然、ちょっと血が出てしまうようなハプニングに巻き込むんだ」
「ちょっと血が出てしまうようなハプニングって……例えば?」
「え?う、うーんそうだな……小指なんかからちょこっと血がにじみ出てくるようなそんなシーンと言えば……」

頭を捻って一生懸命に考えてくれた雄二は、やがて絞り出すように、こう答えた。

「……り、料理、とか?」




雄二が立てた作戦を実行する日は、次の学校が休みである土曜日であった。

「死神、料理をしよう」
「それは、とても唐突な提案だね」

雄二曰く。料理をする際、慣れていない者は必ずと言っていいほど包丁何かで指を切ってしまったりするものなのだそうで。だからさりげなく死神に料理をさせて、偶然指を切って血を流してしまう場面を見てしまえばいいのだと。
翔太は半信半疑であったが、他に穏便に血を見る方法が思い浮かばなかったので、それを実行に移す事にしたのだった。翔太の突然の誘いに、死神は驚きはしたが拒否はしなかった。翔太の後に素直について今、無事に台所へ立っている所である。

「今日のお昼はお母さんがいないから、自分で作らなきゃならないんだ」
「なるほど。それで、何を作るんだい?」
「……僕が作れる料理は、正直言ってそれほど多くない」

死神の質問に答えながら、翔太はごそごそと戸棚を漁った。そうして目的のものを見つけ出し、死神の目の前にずいっと突きつけてやる。思わずそれを受け取った死神は、不思議そうな顔で手の中のものを眺めた。

「これは一体?」
「袋ラーメンだよ。知ってる?ラーメン」
「おお、知ってる知ってる、この袋の中に入っているのか。しかしラーメンとは、こんなに硬いものだったかな」
「煮れば柔らかくなるんだよ」
「ほほう。それで料理か」

納得した死神は、さっそく手に持った袋を肩に乗せた鎌をものともせず器用に開けて中を覗き込んでいる。その間に翔太は鍋を取り出し、水を入れてコンロにかけた。翔太はそんなに凝った料理を作る事は出来ないが、この袋ラーメンだけは作る事が出来た。何せ、煮るだけなのだ。しかし今日は煮るだけのラーメンに一つ手間をかけるとする。それこそが、今回の作戦の柱であった。

「死神、役割分担をしよう」
「そうだね、料理を効率よく進めるには仕事を割り振る事が大事だ」

翔太は冷蔵庫を開け、中から一本のネギを取り出した。それをまな板の上に乗せ、死神を呼ぶ。

「僕は鍋係、死神はネギを切る係だよ」
「いいね、ネギ。任せてくれ」

死神は脇に鎌を置いて、張り切る様に腕まくりをしてみせた。とりあえず死神に包丁を持たせる作戦は成功したようだ。後は、その動向を見守るだけで良い。温かい湯気をのぼらせ始めた鍋を見つめながら、翔太はちらりと隣に視線だけ向けてみた。
翔太はこの作戦に半信半疑ではあったが、同時に少し期待もしていた。何せこの謎だらけの黒ずくめ男の見た目からは、料理が出来ますという雰囲気が一切出ていないからだ。だから包丁の扱いにも慣れていないはずで、それなら指をちょっと切ってしまうような失敗を容易に犯すのではないか、と思っていた。
果たして、内心ドキドキしながら死神の手元に注目する翔太の目の前。まな板を前に包丁を右手に持った死神は。

「うむ、いいネギだ」

などと分かった風な口を聞いてから、ネギを刻み始めた。思わず翔太は声を上げる。

「えっ?!」
「ん?どうした」
「あ、いや、な、何でもない……」

しどろもどろに視線を逸らす翔太に首を傾げながらも、死神はネギを刻む作業に戻る。翔太に訪れた衝撃は、しばらく消え去る事は無かった。だって、まさか死神が、あんなに手慣れた動作でネギを刻むなんて。

「……あのさ、死神って、料理した事あるの?」
「料理の経験がまったく無い、という事はないね」
「そう……」

景気良くトントンと包丁を扱う死神を見ながら肩を落とす翔太は、思い出していた。死神が普段、包丁よりもより凶悪な刃物を携えている事を。ちょうどそこに立てかけてあるあんなバカでかい鎌を扱う事が出来るのだから、包丁なんて朝飯前なのかもしれない。どうしてそんな分かりきった事に気づかなかったのだろう。翔太は自分の気づきの悪さと、どうやら死神の血を見る事が出来なさそうな現実に、打ちひしがれるしか無かった。
あっという間に一本のネギを刻み終えた死神は、何故か落ち込む翔太を不思議そうに見てきたが、何かに気づいたように視線をずらした。

「翔太」
「……何?」
「危ないぞ」
「え?……うわっ!」

死神が声を掛けたが、少し遅かった。翔太がハッと顔を上げた時にはもう、茹った鍋からお湯が吹きこぼれ始めていたのだ。慌てて鍋に手を伸ばした翔太は、すぐにそれを後悔する事になる。熱湯が指に掛かってしまったのだ。

「あちっ!」
「大丈夫かい?えっと、火傷はすぐに冷やしてやらなきゃいけなかったね」

一人で慌てる翔太とは対照的に、落ち着いた動作でコンロの火を消した死神はすぐに手を取って流し台に移動し、水に当ててくれた。そうしてしばらく冷やした後、居間に戻り翔太に教えて貰って救急箱を取り出してくる。

「どれが火傷の薬かな?」
「多分、それ……お母さんがアロエは良く効くって言ってたから……」
「これか。どれどれ」

ようやく落ち着いてきた翔太の指に、死神はべたべたと塗り薬を塗ってくれた。じんじんと熱と痛みを持っていた指が薬で冷やされて、翔太はほっと息をつく。それを見て死神も満足そうに笑った。

「これでよし。少しお湯が掛かっただけだから、きっとすぐに治るよ」
「うん……」
「料理中は怪我をしないように集中しなきゃね」

お説教みたいな事を死神は言ってきたが、翔太はそれに反論も出来ずに縮こまる事しか出来なかった。鍋から完全に注意を逸らしたのは間違いなく翔太だったからだ。しかもその理由が、死神が怪我をしないかな、なんて、そんな理由で。
翔太はアロエを塗りたくられた指を見つめながら、だんだんと自分が恥ずかしくなった。雄二が最初に言った通りに直接この疑問を死神に聞いていれば、自分がこんな火傷を負う事だって無かったはずだ。自業自得である。何より心配し手当してくれた死神に申し訳がなかった。

「さて、ラーメン作りの続きはぼくがやろう。お湯は沸騰したから、あの硬い麺を中に入れればいいのかな」
「うん……死神、ごめんね」
「なんのなんの」

色んな思いを込めて謝る翔太に軽く笑いかけて、死神は台所へと歩む。その背中に、翔太は思い切って尋ねかけた。

「あ、あのさ死神」
「なんだい?」
「唐突にこんな事聞くのも変だと思うかもしれないけど、どうしても気になっていたんだ。死神ってさ……血って、何色なの?」

翔太の突然の質問に、少しだけ考えた死神は人差し指を口にあて、片目を瞑ってお茶目を気取ってこう言った。

「ひ・み・つ☆」

やっぱりこいつ指先だけちょっぴり切ってしまえばいいのに。感謝と申し訳ない気持ちを一瞬忘れ、翔太は半眼でそう思った。

11/05/20



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