女子中学生魔女作惚れ薬第一号



最近友達の様子がおかしい事に河内真紀は気付いていた。真紀の友達は一言で言えば「とても変わった女の子」である。この友達ほど変わった女の子は世の中にそうはいないだろうと真紀は思っている。
何せこの友達、魔女なのだ。

「真紀ちゃん聞いて!昨日とうとう完成したのよ!」
「おはようアイちゃん。完成って、何作ってたの?」

早朝、顔を合わせた途端挨拶もそこそこに突撃してきた友達アイに、真紀は少しワクワクしながら尋ねた。アイと真紀は中学校に上がってからの友達だが、まるで幼い頃から親しんできたように仲良くなっていた。それは多分、秘密を共有している事もあるのだろう。秘密とはもちろん、アイが魔女であるという秘密だ。
入学式の日にアイが箒で空を飛んでいる所を真紀が偶然目撃した時から始まったこの友情。真紀自身は普通の子であるが、不思議な事が目の前で起これば良いのにと日常にファンタジックな展開を密かに期待していた女の子だったので、魔女の登場はむしろ喜ばしい事であった。実際に魔法を使う所はほとんど見た事は無いが、アイから聞かされる魔女的なお話を聞くのが、真紀の楽しみの一つとなっている。今回も、それを期待していた。

「最近ずーっと夜更かしして作ってたものが、ようやく完成したのよ!失敗に失敗を重ねて途中くじけそうになったぐらい!」
「ああ、だから最近ずっと授業中眠そうだったんだ」

アイが授業中よくこくりこくりと頭を揺らして先生に叩かれていたのを、後ろの席で見ていた真紀は納得する。アイは「それは言わないで!」と慌ててから、内緒話をするようにそっと顔を近づけてきた。真紀は答えるように耳を差しだす。

「絶対に秘密だよ、誰にも言わないでね」
「う、うん!分かった」
「実はね……惚れ薬が完成したの!」

へえそうなんだ、すごいね、と言おうとした真紀の口は、一瞬後にそのまま固まっていた。そうしてしばらく満面の笑みを浮かべるアイの顔を見つめてから、

「ええーっ?!」

うっかり大声を上げていたのだった。




「……と、そういう訳で、私の新しい恋が始まった訳なの!ねっドラマチックでしょ?!惚れ薬作っちゃうでしょ?!」
「う、うーん」

放課後、真紀が動揺が抜けきれないまま聞いたアイの話をまとめると、どうやら数日前魔女であるアイの正体をちっとも驚かなかった男の子に恋をしたらしい。そのために興奮して思わず惚れ薬を作ってしまったようだ。魔女って恋をしたらまず惚れ薬を作るものなのかな、と真紀は考え込んでしまった。魔女の性なのか、アイの趣味なのかは分からないが、その惚れ薬とやらは今、しっかりとアイの手の中に収まっている。飲み終わった後の別の缶に入れられているので、色は分からない。

「ドラマチックかは分からないけど、アイちゃんの正体を知って驚かなかったっていうのはすごいね」
「すごいでしょ!真紀ちゃんってば腰抜かすほど驚いたのにね!」
「そ、そりゃそうだよー、人が箒に乗って空を飛んでたら誰だって驚くよ」
「でも翔太君は驚かなかったもん!やっぱり運命の人なんだわ……!」

真紀はすっかりその翔太君に惚れこんでいるようで、うっとりと目を細めている。一人の人をそんなに好きになるなんてすごいな、と真紀は少しだけアイの事が羨ましくなった。真紀の運命の人は、まだ現れた事は無い。
まだ何か喋ろうとしたアイだったが、口を閉じたと同時にぴたりと歩いていた足も止めていた。今二人は、学校からの下校中だった。さっそく惚れ薬を渡すのだと行動が早いアイの案内で、翔太が登下校に使う道に向かっている所だった。目の前には、人気が無い小さな公園が見える。

「ここ!ここで私は恋に落ちたの!今日もきっと翔太君はここを通るはずっ!」
「そうなんだ、じゃあここで待ち伏せするの?」
「真紀ちゃん人聞きが悪い!ただ私は待つの、あの方がここを通られるまで……」
「それを待ち伏せって言うんじゃないかなあ」

首を傾げる真紀だったが、余計な事はこれ以上言わずにアイの横に並んだ。翔太とは別のクラスだが同じ学校同じ学年、寄り道をしなければまもなくここを通るはずである。アイが惚れた男の子がどういう人物なのか、惚れ薬は本当に効くのか、考えれば考えるほどワクワクしてきた真紀の目にその時、映った。
限りなく真っ黒い、誰かが。

「……え?」

我が目を疑った真紀だったが、いくら瞬きをしても目をこすっても頬をつねっても、映ったそれは消えなかった。思わず隣のアイの肩をがくがくと揺さぶる。

「あっアイちゃんアイちゃん!」
「何?いきなりどうしたの?」
「あ、あれ!あの人……すごく怪しい人がいるっ!」

震える指で真紀が指差す方向をアイも見る。するとアイの瞳も驚きに見開かれた。二人が公園の中から見た者……それは、のんびりと道を歩く、全身真っ黒の男であった。それだけならまだ「黒い人だ」としか思わなかっただろうが、その手に持っている者が男を限界まで怪しくさせていた。男が肩に担いでいるものが、身の丈ほどもある大きな鎌だったのだ。

「あ、あれは!」
「どどどどうしようアイちゃん、あんな大きな凶器を持ち歩く変な人、絶対危険人物だよ」
「あいつだわ……きっとあいつが!」
「えっ、アイちゃん?!」

怯える真紀だったが、何とアイは怯む事無く公園から飛び出していってしまった。とっさに後を追う真紀。アイはその勢いのまま、怪しい男の前に立ちふさがる。男はアイとその後ろに追いついた真紀を見て、足を止めた。

「アイちゃんどうしたの?いきなり飛び出すなんて」
「全身真っ黒に大きな鎌……間違いないわ、あんたが死神ね!」
「え、ええっ?!しっ死神?!」

アイの口から飛び出してきた衝撃的な言葉に、真紀は驚愕した。確かにアイが言う通り、黒い格好に大きな鎌を持っていれば死神の姿が容易に想像つく。しかしだからと言って、そんな恐ろしい存在がこんな何の変哲もない道を散歩でもするかの如く呑気に歩いているだろうか。真紀は脳内で必死に否定したが、男は不思議そうな表情をしながらもアイの言葉に頷いていた。

「君たちが誰かは分からないが、いかにもぼくは死神だが」
「やっぱりそうなのね……あんたが、私の生涯のライバルって事ね!」
「ライバル?!死神と?!」

どうやらアイはこの男死神の事を知っているらしい。まったく訳が分からない真紀は、何とかアイの腕を掴んで引っ張った。

「ねえアイちゃん、あの、その、あの人本当に死神さんなの?どうして死神さんとライバルなの?」
「あっごめんね真紀ちゃん、説明もしないで」
「うん、その説明を是非ぼくにも聞かせて欲しいな、特にライバルとか何とかの所」

訳が分からないのは死神も同じなので、腕組をして話を聞く体制に入っている。アイは真紀を落ち着かせるように肩を叩き、言った。

「あの死神、翔太君の家に押しかけて同棲なんかしやがってるらしいの!ね、私の恋のライバルでしょ!」
「何だ、翔太の知り合いだったのか」
「そ、その翔太君って人、死神と一緒に住んでるの……?!」

翔太の名前を聞いて納得する死神、いまいち納得出来ない真紀。死神というものが真紀の中でとても恐ろしい存在として記憶しているせいで、どうしても違和感がつきまとう。まず目の前の男が死神だと言う事が未だに信じきれないのだ。しかしそんな事はお構いなしに、アイは死神を睨みつけた。

「そういう訳で死神!あんたは私のライバルなのよ!分かったわね!」
「うーん。何のライバルかというのがはっきりとしないが、まあいいよ」
「そんでもって、あんたの方が数歩リードしてるんだからこれ!翔太君に飲ませてきて!」

ちゃっかりアイが死神に惚れ薬入り缶を手渡す。ライバルに任せるような頼み事なのだろうかと真紀が考えている間に、死神は缶をまじまじと見つめてから、

「ふむ、では駄賃として半分貰おう」
「あーっ?!」

グビグビと缶の中身を半分ほど飲んでしまった。アイが止める間もなかった。ぺろりと唇を舐める死神の様子を、アイと真紀が固唾を飲んで見守る。

「ね、ねえアイちゃん、あの惚れ薬、どれぐらいで効き目が来るの?」
「即効性を重視したから、飲んですぐに来るはずなんだけど……」
「……ん?」

その時、死神がお腹をおさえた。明らかに何かしらの反応が来たのだ。アイと真紀が不安半分、期待半分で身を乗り出す。

「もう飲んでしまったものは仕方が無いわ、どうなの死神!私の事どう思う?!ちゃんとその、すっ好きになってる?!」
「ほっほっ本当に惚れ薬が効いてるんですか死神さん!」
「何、ほれぐすり?奇妙な味だったが、これは……」

二人分の視線にさらされて、死神はしばらく考え込んだ。そうしてゆっくりと缶をアイに手渡し、両手でお腹を押さえて、

「腹が、痛い……」

蹲った。その様子からはアイに惚れたような仕草は微塵も見られない。むしろきりきりと痛むらしい腹に呻いている。アイは首を傾げて缶の中身を覗きこんだ。

「あれ、失敗かな?」
「失敗?!」
「うん、もしかしたら材料が足りなかったのかも。このはやる気持ちを抑えられなくてちょっと材料少なめで作ったから。あーっでもそうなるとお金足りないなあ。お小遣い前借りしようかな?それよりあれとあれを売って……うん!そうしよう!こうしちゃいられないわ!」

一人であれこれ考えて解決したらしいアイは、駆け足で公園の中へと戻って行った。持って戻ってきたものは、一本の箒。ぽかんと見つめる真紀へ顔を向け、箒に跨ったアイは元気に手を振った。

「惚れ薬リベンジのために私急いで帰らなきゃ!付き合ってくれてありがと真紀ちゃん!また明日ね!」
「えっ?!あ、うん?!」

真紀は手を振り返す事で精一杯だった。そうしている間に箒の上のアイはふわりと宙に浮き、あっという間に空へ舞い上がっていってしまった。音もなく屋根の向こうへと消えてしまった友達の姿を、真紀は視線で追う事しか出来ない。アイが見えなくなってしばらくしてから視線を戻した真紀は、自分が取り残されてしまった事実にようやく気付いた。腹を痛める死神と二人きりで。

「あ、あああの、お腹、痛いんですか?」
「うん痛いな、以前プリンを食べすぎて腹を痛めた時よりもこれは痛いかもしれない」
「ごっごめんなさい私の友達が変なものを飲ませてしまって!」

相手は死神だ、怒らせてしまえば何をされるか分からない。もう手遅れのような気もするが一応真紀はペコペコと謝った。真紀は何もしていないが、友達がしでかした事は自分にも責任があるような気がしたのだ。必死に謝る真紀を見つめた死神は、何とか立ち上がって笑みを浮かべた。

「いやいいさ、飲むと決めたのはぼくだ。あれは初めて飲む味だった、むしろ貴重な味を体験させてもらったよ」

腹が痛いはずなのに呑気に笑ってみせた死神に、真紀は衝撃を受けた。背負っているものは相変わらず凶器だし、正体も良く分からないままだし、変な男に変わりは無いが、真紀の中の死神像が音を立てて崩れていくのを感じる。死神とは、人間を笑って許してくれるぐらい優しい生き物(?)だったのか。もっと容赦なく、人の魂なんかを奪っていくものかと思っていたのに。
そんな恐ろしい像が崩れてしまえば、真紀の心に残るのはマイナスな感情ではなかった。むしろ怖さが無くなったので冷静に、そして好奇心旺盛にその姿を見る事が出来る。最初に言った通り、真紀はちょっと不思議なものに憧れる、普通の女の子なのだ。

「あ、ああああのっ」
「ん?」
「あなた……本当に、死神さんなんですか?」
「先ほどからそうだと言っているが」
「そっその鎌も、本物なんですか?」
「君の本物と偽物の基準がよく分からないが、ぼくとしては本物のつもりだよ」

ほら、と死神は鎌を持って目の前に掲げてみせる。その刃の光に、真紀はくらりとめまいを覚えた。真紀の目の前に今、非日常的なものが突きつけられている。こんな変な人が、警察にでも見つかれば一発で逮捕されそうな凶器を持って平気な顔で町の中をうろついているなんて。考えれば考えるほど変だ。見た目は普通の女の子であるアイよりも変だ。不思議な事があればいいなとは思っていが、こんなに強烈なもの、真紀は知らなかった。
結果、頭が混乱で埋め尽くされた真紀は、ずるずると死神から後ずさる。そして、叫んだ。

「だ、駄目!この人変な人すぎるーっ!」

真紀は逃げ出した。自分の手には負えない変なものから急いで遠ざかった。同時に、こんな変な人と一緒に暮らしている名前しか知らない男の子を、心から尊敬していた。きっと私には、アイちゃんぐらいがちょうどいいのだと思いながら。
とりあえず当面は、アイから聞かされる惚れ薬の話だけで満足なのである。




「……初めて出会った名も知らぬ女の子たちに腹痛をお見舞いされた挙句変な人だと叫ばれて逃げられた」
「仕方ないよ、だって死神、変だもん」

一方取り残された死神は家に戻った後、腹を押さえながらしくしくと泣き真似で訴えてみたが、翔太に軽く一蹴されただけであった。ちなみに腹痛は、プリンを食べて一晩経ったら収まったという。

11/11/28



  |  |