変わり者達の帰路



「おい翔太、さっさと帰るぞ」
「うん」

放課後のごった返す下駄箱へ、翔太は雄二とともにやってきた。二人とも何となく部活には入っておらず、授業が終わった後はこうして二人で帰る事が多い。翔太が買い物を頼まれていたり、雄二が歳の離れた妹弟を迎えに行かなければならなかったりした場合はその限りではないが、そういう用事が無い時は大体二人一緒にいた。今日もまた、二人並んでぼちぼちと歩き始める。

「帰りにどこか寄るか?」
「いいね、でも僕はまだお小遣い日が来てないんだ」
「安心しろ、俺もだ。仕方ないから公園にでも行って暇つぶすか」
「公園か……」

一瞬遠い目をした翔太に雄二が気付いた。公園に行ってダラダラと時間をつぶすのは二人にとって珍しい事ではない。それなのに遠い目をする理由とは何なのか。

「何だ、どうした」
「いや、先日公園で変な……いやいや不思議な女の子に会ってさ」
「はあ?女の子だと?」

雄二が聞き捨てならないといった勢いで詰め寄ってくる。

「聞いてないぞ、クラスの奴か?」
「いや、でも同じ学年だったと思う」
「おいおい翔太、お前何いつからそんなこそこそと一人で女の子と交流深めるような事やるような奴になったんだよ。俺の知っている翔太はそんな奴じゃない」
「おっ落ち着いて、大丈夫、雄二が思っているような女の子じゃないから」

肩を怒らせる雄二を翔太は何とか押し留める。このままでは雄二がどんどんヒートアップしていきそうなので、早めに冷やしてやるとする。

「あー、よく聞いて欲しい。その女の子はね」
「ああ」
「一言で言えば……死神タイプだよ」
「……そう、か……」

思った通り、翔太の言葉を聞いた雄二は一発で落ち着きを取り戻した。不可思議な生き物である死神と同じタイプ、つまりは少なくとも変な人という事である。そういう非現実的だとか非凡だとかが好きではない雄二のテンションが下がってしまうのも仕方のない事であった。
身を引いた雄二に満足した翔太だったが、それだけでは終わらなかった。大人しくなった雄二に追い打ちを掛けるかのように、二人に声がかけられたのだ。

「今、ぼくの名前が聞こえたような気がしたんだが」
「へ?あっ死神」
「げっ死神!」

振り返ると同時に思わず一歩飛びずさる雄二、普通に振り返るだけの翔太。それぞれの反応を見せる二人に、いつの間にかそこに立っていた死神は鎌を担いでいない方の手を軽く上げて挨拶をしてみせた。

「学校の帰りかい?」
「うん、死神はどうしてここにいるの?」
「散歩だよ、毎日知らない道を見つける事が目標なんだ」
「何か楽しそうだなそれ……いいなあ死神は勉強なんてしないで散歩ばっかり出来て」

翔太はごく普通に死神と会話をしていたが、雄二は固まったまま、若干翔太の後ろに隠れていた。初めてバッタリ出会ってしまった日と、次の日改めて顔を合わせてから、雄二はまともに死神と対話した事が無かった。なので心の準備なんて一切しておらず、突然目の前に現れた異変にどう対処していいのか分からないのだった。
そんな雄二に、死神は容赦なく目を向けてきた。びくりと跳ねる雄二の肩。

「やあ友人、久しぶりだね」
「お、おう……」
「何やら元気が無いようだけど、どうしたんだい」
「な、何でもねえよ……」

何とか死神に視線を向けてみようとする雄二だったが、全身真っ黒という異様な佇まいと明らかに目立つ大きな鎌がちらりと見えるだけでさっと視線を外してしまう。そんな雄二の姿が何だか可哀想になったので、翔太は死神に説明してあげた。

「雄二は死神の事が苦手なんだよ」
「苦手?どうして」
「簡単に言うと、変な人だから」

身も蓋もない理由に、死神がしばし考え込む。その後すぐに頭の中で何らかの結論が出たらしく、一人で何度か頷いてみせた死神が唐突に歩き始めた。向かうは、固まる雄二の目の前。驚く二人の前で、死神は気軽に雄二の肩へ触れてみせた。

「それじゃあ、慣れようじゃないか」
「は?!」
「人間、どんな変なものでも慣れてしまえばそう違和感を覚えなくなるものだと本で読んだよ。だから君も慣れてしまえば苦手意識なんて無くなるさ」
「死神、もう変人だって自称しちゃえるんだね……」

朗らかな笑顔で何度か軽く雄二の肩を叩いた死神は、そのままその背中を押して歩き始めた。しばらくつられて一緒に歩いていた雄二だったが、すぐにハッと我に返った。

「まさか一緒に帰る気か!」
「ちょうど今からうちに帰ろうと思っていたんだ。行く道は同じなんだからいいじゃないか」
「うちっていうか、僕んちだけどね」
「じょっ冗談じゃない!翔太、俺は今急用を思い出した。悪いが今日は俺はこれで……ぐえっ」

瞬時に逃げ出そうとした雄二の襟首を死神が掴む。一瞬首が絞まった雄二の口から情けない声が零れ落ちるが、そんな事はお構いなしに死神はマイペースで歩き続けていた。

「まあまあ。そんなに急いでいては人生疲れてしまうよ。もっと余裕を持って生きなきゃ」
「げほっいつ人生の話になったんだっ!」
「雄二、分かれ道まで辛抱すればいいからさ、そう考えると少しだよ」
「くっ……それもそうか……」

翔太に宥められて、ようやく雄二も諦めたようだ。大人しくなったのを見て死神も襟首から手を離す。翔太と雄二の家は学校から帰る際同じ方向にはあるが、そんなに近い訳でもないので直に帰ろうとするとすぐに別れてしまう事になる。最初立ち寄ろうと思っていた公園はその別れ道の先、翔太の家側にあるので、今日はこの調子じゃ無理だなと内心翔太は考えた。
まあ死神の言う通り雄二も少しは死神に慣れてくれれば、こうしてばったり会ってしまっても普通に会話が出来るぐらいにはなってくれるだろう。それを気長に待つしかない。

「あーっ!翔太君みーっけ!」

しかし三人にようやく訪れた穏やかな時間は、背後から掛けられた大声ですぐに崩される事になった。え、と振り返りかけた翔太は、背中からぶつかってきた何かに押されてがっくりと片膝をついてしまう。顔面から倒れる事だけは何とか阻止したのだった。ぶつかってきた何かも、翔太にはじき返されてくるくると空中を舞った。

「いったー!ごめんね翔太君、箒は急には止まれなくって……」
「アイちゃーん待ってよー!急に箒で飛ばれちゃ追いつけないよー」

最初の声とは別な第二の人物まで駆け寄ってくる。翔太はこのうち自分にぶつかって現在箒で空を飛んでいる方の女の子の事は知っていた。死神は後ろから女の子を追いかけてきた別な女の子の事も知っていた。雄二はどちらも知らなかった。
箒で浮いていた女の子アイは、ようやく箒から地面に足をつけて三人を見回した。追いかけてきた友達の真紀も、アイの後ろからそっとこちらを窺ってくる。

「さっき下駄箱から翔太君が出ていくのを教室から偶然見て慌てて追いかけてきたの!こういう偶然ってきっと運命だよね!」
「違うと思う……」
「あーっ良く見たら私のライバル死神もいるじゃない!さすがライバル、抜け目が無いわね」
「やあ名もまだ知らぬ少女、とその友達」
「ひっ!しっ死神さんがいる……?!」

死神の姿を見て怯える真紀に、事情も何も一切分からないままの雄二が妙な親近感を覚える。そんな雄二に、翔太が耳打ちした。

「さっき言ってた公園で会った女の子があの子だよ、魔女なんだってさ」
「ああ……確かに死神と同じようなタイプだ……」

自称魔女だなんて鼻で笑ってやりたい気分だったが、今目の前で空を飛んでいる姿を目撃してしまったばかりなので否定も出来ない。一方アイも、真紀に説明している最中であった。

「ほら真紀ちゃん、あの人が私の運命の人星野翔太君だよ!」
「そ、そうなんだ、何だか思っていたよりものすごく普通な子だね」

あのアイが惚れ、こんな死神を連れている人物なんだからさぞかし変な人なのだろうと、真紀の頭の中で噂の翔太君は随分と妄想が膨らんでいたのだが、実際の翔太はごく普通の男の子である。頭の中と現実のギャップに混乱しつつ、真紀は雄二を見た。

「それで、あの人は誰?」
「え?あれ、あの人は私も知らない」

アイも目を瞬かせる。二人の女の子にじっと見つめられ、雄二はうろたえた。こんなに女の子に注目されるのは初めての事であった。二の句も告げられない雄二の代わりに、翔太が紹介する。

「こっちは僕の友達の藤崎雄二。僕も恋中さんは知っているけど、そっちの君は初めてだよね?」
「もう翔太君ったら恋中さんだなんて他人行事みたいに!アイって呼んでもいいって言ったのに、恥ずかしがり屋さんなのね!」
「わ、私は河内真紀、アイちゃんの友達です、よろしく」

一人ヒートアップする隣で何とか真紀も自己紹介を終えた。成り行きを見守っていた死神が、よしよしと頷いて向きを変え、歩き出す。もちろん今まで歩いていた方向へだ。

「よし、行こうか」
「どこへ?」
「公園に行くんだろう?さっき言っていたじゃないか」
「そこから聞いてたの?!でも今この状況じゃ……」

翔太がちらりと雄二に視線を向けるが、間に入ってきた笑顔に遮られてしまった。アイの満面の笑みだ。

「もしかして私と翔太君が初めて互いの名を告げ合ったあの運命の公園?!私も行く行く!」
「ええっ?!」
「死神だけに一緒に居させてたまるもんですか!真紀ちゃん行こう!」
「わっ私も?!公園に何しに行くの?」
「ま、まだ決まってないんだけど……」
「こら待ちなさい死神!抜け駆けは許さないわよ!」

先にさっさと立って歩く死神を追いかけるアイ、その手に引っ張られる真紀。思わず立ち止まってその背中を見つめた翔太と雄二は、顔を見合わせていた。

「……雄二、まさかこの状況で僕を一人にするなんて言わないよね」
「いや……まあ、そうだな……」

出来れば今すぐ全力で逃げ出したい雄二だったが、翔太の気の毒になるぐらい必死な目を見てしまったら言い出せなくなった。彼は自分が理解出来ないような不可思議な事が本当に苦手であったが、それ以上に、友人思いな男なのである。

「後もう一人増えでもしたら、俺は全速力で逃げ出すからな」
「その時は僕も逃げるよ……」

同時にため息を吐いた二人は、先に行ってしまった変わり者達の後を追う。今日の帰路は、大層賑やかなものになりそうだ。

12/03/20



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