屋根の上のサンタクロース



翔太は今ちょうど読み終えた本から顔を上げて、何気なく窓の方へと視線を向けた。外は真っ暗で、ちらほらと白い雪の結晶が舞っているのが見える。お昼を過ぎてから急激に雲が空を覆い、冷え込んできたので降るのではないかと思っていたが、やはり雪が降り出してきたようだ。腹ばいになっていたベッドから身を起こし、翔太は窓へと近寄った。

「今年もまたホワイトクリスマスかあ」

思わず呟く。前のクリスマスも確かこんな天気だったはずだ。正確には、クリスマスイブだ。赤い服のサンタクロースが世界中の子供たちにプレゼントを配るために忙しい夜だ。同時に翔太は色んな事を思い出して、ちょっと複雑な気持ちになった。

「ん、その台詞は前に聞いた事があるね」

後ろから死神が聞きつけてくる。そういう死神も、前の時と同じように漫画のキャラの動きを真似て、何やら腕をぐるぐると振り回している。最初はあの大きな鎌を持ったまま動こうとしたので、割と本気で叱りつけてからはきちんと素手で真似るようになった。しかし完全に真似出来た事は無い。

「だって、前のクリスマスイブも同じように雪が降っていたし」
「クリスマスイブ……ああ。サンタクロースという職業の人が働く夜か」
「うん……あんまり職業とか言ってほしくは無いけどね……」

死神も翔太の横に立って外を眺める。静かに闇に沈む町の上に降る小さな純白の欠片たちは、眺めているだけで美しかった。特にクリスマスに楽しみを見出していなかった翔太も、さすがに少しだけワクワクしてくる。もしかしたら今夜は特別な何かが起こるかもしれないと思わせてくれるような天気だった。
……だとしても、働かされるのだけはごめんだが。

「宿題、はまた明日にして、今夜はもう寝ようかな」
「お、早いね。サンタクロースにプレゼントを貰うためかい?」
「そういう訳じゃないけど……気分だよ、気分」

枕元にプレゼントを置いてくれるのはサンタクロースではないと翔太は知っているが、だからといってサンタクロースが実在しない、と声を大にしては言えない。存在感のありすぎる夢?を見てしまっているからだ。
今夜もまた、似たようなものが見れるだろうか。少しだけ期待に胸を膨らませながらベッドへと向かう翔太だったが。

「……?どうしたの死神」

翔太の後からついてきかけた死神は、途中で立ち止まっていた。何やらじっと天井を見上げているようだ。翔太に声を掛けられて、視線を戻した死神は真面目な顔で言った。

「誰かいるようだ」
「……へっ?」
「屋根の上、気配を感じる。コバもきっといるんだろうが、他にも誰か、じっと座っているみたいだね」
「え……う、嘘っ」

翔太は思わず頭上を見上げる。もちろんここから屋根の上が見える訳が無い。黒猫のコバがこの家の屋根の上にいる事はそんなに珍しい事ではないが、他の誰かとなれば話は別だ。不法侵入……いや、侵入はされていないから何と言えばいいのか。一人慌てる翔太をよそに、死神は窓を大きく開けた。冷たい風が粉雪とともに部屋の中へと流れ込んでくる。

「ちょっと登って確かめてくるよ。君はここで待ってて」
「い、いや、僕も行く!この家の主の一人として確かめたい!」
「そうかい?それじゃあ、気をつけて登ってくるんだよ」

死神な大きな鎌を背負ったまま身軽にひょいひょいと屋根の上へと消えていった。早い。翔太は置いていかれないように急いで後に続いた。屋根の上に登る動作も最早慣れたものだ。これのおかげで筋力も若干ついた気がしないでもない。
かくして、よじ登った冷たい屋根の上、丸まるコバの隣で雪空の下に座り込んでいる謎の存在とは。

「はあ……。仕事したくねえ……」

煙草の煙をぷかぷか浮かべながら面倒くさそうに呟いている、茶髪の兄ちゃんだった。翔太は目の前の存在を信じたくは無かった。この見た目不良青年が、もこもこの温かそうな赤い服を身に纏い、隣にソリを引いたトナカイを待たせている光景を。

「また……まただ……また夢を全力で壊すようなサンタに会ってしまった……」
「あ?誰だてめえ、何か文句でもあんのか」

絶望に肩を落とす翔太に気付いて、サンタクロースの格好をした不良青年がガンをつけてくる。それにビビる暇もなく落胆している翔太の代わりに、隣の死神が答えた。

「ここは彼の家の屋根の上だ、文句をつける権利はあるだろう?」
「ああ、そうかよ、そりゃ悪かったな。安心しろ、吸殻は持ち帰るからよ」
「そこに文句言ってるんじゃないよ……」

懐から携帯灰皿を取り出して煙草をしまうサンタ姿の不良青年に、死神が改めて尋ねかける。

「それで君は一体誰なんだい?前に見たサンタクロースのお姉さんと同じような格好をしているが」
「何だ、会った事があるんじゃねえか。それなら俺がサンタクロースだってのも一目瞭然だろう」
「ああやっぱりそうなんだ……ううっ」
「翔太、君の言う、優しそうなおじいさんのサンタクロースというのは実在するのかい?」
「いるはず、なのに僕も自信が無くなってきたよ……」

絵本などによく描かれているあの子どもが夢見るサンタクロースの姿は幻なのだろうか。そう思えるほど、前にあったガラの悪い女サンタクロースも、この不良サンタクロースも、イメージとかけ離れていた。子どもたちには絶対に見せたくない姿だ。不良サンタクロースはぷいとそっぽを向いてもう一本煙草を取り出している。

「分かったらとっとと失せろ。んでさっさと寝るこったな」
「そう言われてもな、君の存在が気になっておちおち寝る事も出来ない。そうだな翔太」
「えっ?あ、うん、そうだね……」
「コバも君を警戒して傍で見張っているじゃないか」
「あれはただ単に寝ているだけのようにも見えるけど……」

寒さなんてものともせずに丸まったまま大あくびをして、とても眠そうなコバ。そんなコバを一瞥して、不良サンタクロースは鼻で笑った。

「はいはい、心配しなくてもこれ吸い終わったら別の場所移りますよっと」
「そもそも、君がサンタクロースならばこんな所で煙草を吸っている余裕なんて無いと思うんだけどな。今日が一番忙しい時期なんだろう?」
「うるせえなあ、部外者は口出しすんなよ、うぜえ」

じろりとこちらを睨みつける不良サンタクロース。その姿を見て、翔太はピンと来てしまった。親のおつかいだりいと零す翔太の友人雄二と、その姿がどことなく似ていたのだ。

「まさかあんた……サンタクロースのくせに、サボってるの?」

翔太の問いに、不良サンタクロースは無言で答えた。即ち、イエスだ。翔太は呆れて言葉も出なかった。クリスマスイブにサボるサンタクロースなんて聞いた事が無い。いや、そもそも煙草をぷかぷか吸う茶髪の兄ちゃんサンタ自体が初めて目にするものなのだが。
さすがの死神も少々呆れた様子で注意する。

「サボりとは感心しないな。今夜が君たちサンタクロースの唯一の仕事日なんだろう?」
「唯一とか言うな、その前の準備が死ぬほど忙しいんだよ。大体家の中で呑気に寝こけてるガキに何で俺がプレゼントを配らなきゃならないんだ、誰も見てねえっつーのに。いいんだよ、実際のプレゼントは親が準備してんだろ?形の無いものを配ったって誰も気づきはしねえ。んなの無意味だろ、無意味。配る意味なんてねーんだよ」

不良サンタクロースは大分鬱憤が溜まっていたようで、ぺらぺらと不満をぶちまけた。忌々しそうに膨れ上がった白い袋を叩いてみせる。あの中にはきっと、以前に見たものと同じような包みが沢山詰め込まれているはずだ。子どもたちへ配られるために。夢の詰まった包みが、沢山。
翔太は無言で不良サンタクロースの言葉を聞いていた。そして聞き終わると、しばらくじっと不良サンタクロースを見つめ、おもむろに屋根の上を歩きだす。白い息を吐き出しながら近づいてくる翔太に不良サンタクロースはいぶかしんだ視線を向ける。死神は一歩遅れて後をついてきた。コバは寝ていた。
やがて不良サンタクロースの目の前にやってきた翔太は、ゆっくりと片足を上げた。不安定な屋根の上でバランスを崩さないようにさり気なく後ろから死神が支えてやる。そのまま翔太は、疑問符を浮かべる不良サンタクロースを見下ろしながら、

「このっ駄目サンタクロース!」
「ぐわっ?!な、何しやがんだこのクソガキ!」

不良サンタクロースを遠慮なくげしげしと蹴った。思わず立ち上がって睨みつけてくる不良サンタクロースに、翔太は怯むことなく睨み返す。今翔太の心に怯えとか戸惑いとかそういったものは一切浮かんでいなかった。目の前のサボりサンタクロースが許せなくて仕方なかったのだ。

「あんた、サンタクロース失格だ!今思えば前に会ったサンタクロースお姉さんの方がよほどサンタクロースらしかったよ!金髪で柄悪かったけど!本当にサンタクロース免許持ってるのか!」
「何だと?ああ?」
「形の無い、見えないプレゼントを配るのは無意味?そんな訳、無いだろ!少なくとも僕は、すごく幸せになれた!正直どこから現実でどこから夢なのか曖昧だけど、サンタクロースに会って、仕事を手伝えて、疲れたけどすごく楽しかった!本当に体験したのか、夢だったのか分からないけど、どっちでもいいぐらい楽しかったんだ!こんな寒い中、そんな楽しい想いを、夢を配っているサンタクロースを、どんな姿であれ僕は尊敬してた、なのに……!」
「わわっやっやめろお前!」

衝動を抑えきれずに今度はぽかぽか殴ってくる翔太を、不良サンタクロースは必死で抑え込む。しばらく殴らせた後、ようやく死神も止めに入った。ぜーぜーと肩で息をする翔太の手を掴んだまま、死神が不良サンタクロースに笑いかける。

「いけないなあ、サンタクロースは子どもに夢を配る存在なんだろう?それなのに、当の子どもをこんなに失望させるなんて」
「………」

翔太の怒り姿にさすがに少々反省したのか、不良サンタクロースはばつが悪そうに視線を逸らす。火をつけないままの煙草を元の箱の中に戻してから、誤魔化すようにぼりぼりと頭を掻く。大きくため息をついたかと思えば、ぼちぼちとソリの方へ歩き、ちらりと振り返ってくる。

「……悪かったな」
「えっ?」
「尊敬、か……初めて言われたぜ。サンタクロースは子どもに夢を配る存在……サンタクロース養成学校で耳にタコが出来るぐらい聞かされたが、今初めてそれを実感した気がする」
「あ、養成学校があるんだ、サンタの……」

不良サンタクロースはソリに乗り込んでこちらを見つめる。その目には僅かながら、申し訳なさと感謝の気持ちが込められているように思えた。

「俺も一応、サンタクロースだからな。仕方ねえからガキ共にプレゼント配ってくるとするわ。……この屋根の上、なかなかサボり心地が良かったぜ、ありがとよ」
「い、いえいえ……真面目に配ってくれるなら何より」
「今から頑張って配り終えられるのかな?」
「舐めんなよ、これでもプロのサンタクロースだ。全てのガキ共に配り終えてやんよ」

どうやらこの不良青年のサンタクロース心に火をつける事が出来たらしい。翔太はほっと息をついた。やれやれようやく出発かと言いたげなトナカイを促して空へ飛び立とうとした不良サンタクロースであったが、ハッと何かに気付いたような顔でじっと翔太を見つめてきた。

「な、何?」
「黒い男と気弱そうなガキ……そうか、お前らが先輩の言ってた奴らか」
「先輩?」
「ほらよ」

白い袋、からではなく、ソリの中から取り出した小さな袋を、不良サンタクロースは投げてよこしてきた。それを無事にキャッチ出来た翔太は手の中のそれをマジマジと見つめる。

「何?これ……」
「先輩が、お前らに会ったら渡しといてくれってよ」
「先輩って?」
「さっき自分で言ってたろうが、前にもサンタクロースに会ったって」
「……あっ!」
「約束だったから、だってよ」

翔太は思わず死神と顔を見合わせていた。この男の前に会った事のあるサンタクロースは一人しかいない。面倒くさそうに、しかしきちんとサンタクロースとしての仕事をこなしていた女の姿が甦る。
思い出した様子の二人に満足そうに頷いた不良サンタクロースは、ようやく手綱を握った。トナカイが張り切る様に嘶く。

「それじゃ、そろそろ行くわ。良いクリスマスイブをー」
「そんな棒読みで言われても……」
「君がその良いクリスマスイブを壊してしまったんだがね」
「だから悪かったっつってんだろ。……ま、俺はお前らに会えてよかったよ。何つーか、初心を思い出した、みたいな?そんじゃま、来年また会う事があったらよろしくしてくれ。元気でな」

軽く片手を上げると、ソリは滑る様に動き出した。音も無く空中へ舞い上がり、そのまま雪の舞う中を滑らかに飛んでいく。翔太と死神は手を振りながらそれを見送った。

「サンタクロース、頑張ってねー」
「もうサボるなよー」

うるせーとか何とか小さく聞こえた気がしたが、その声も姿もすぐに遠く小さくなり、やがて夜の闇の中に見えなくなっていった。片手を下ろし、反対の手で持っていた包みを見つめる。横から死神も覗き込んできた。

「約束だった、と言っていたな」
「うん、覚えててくれたみたいだね」

おぼろげにしか覚えていないが、確かに以前あの女サンタクロースに約束のようなものを言われていた気がした。あの時仕事を手伝った時の駄賃を、今ようやくもらえたような気分だ。死神がにっこり笑って肩に手を触れてくる。温かかった。そこでようやく、自分が今パジャマ姿のままで雪の中屋根の上に突っ立っている事を思い出す。

「きっと、とても良いプレゼントだよ」
「例えば不良なサンタクロースを叱ってきちんと仕事にいかせるような、普段体験できないような夢とか?」
「あはは、そうだね、きっとそんな夢のあるプレゼントだよ。何せ、サンタクロースからのプレゼントなんだからね」

死神と笑いながら、ゆっくりと包みを開ける。きっと明日の朝の目覚めは最高に安らかで幸せなものになるだろう、そう思わせるような光が溢れ、包まれる。全身を包み込む温かな光の中、翔太は夢見心地で目を閉じた。

メリークリスマス。
そんな誰かの声が、聞こえた気がした。

12/12/24



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